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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-081_完成品

 魔物の森跡地の鎮火後翌日、調査に来ていた「ロバーツ先遣隊」と共にハクロたちはラキ高原を発った。

 行きはタマの身体能力に任せた強行軍だったが、帰りは「ロバーツ先遣隊」の馬に合わせて普通の速度で進むことできっちり10日の期間を要した。

 本当ならば道中の中継拠点に立ち寄りながら鹿狩りをしたいところではあったが、寄り道をする余裕はなかった。道中でもギルド証を使用した簡易的な報告は提出したが、今回は事が事だけに、さっさと帰還して紙にしたためた詳細な報告を作成する必要があったためだ。

「そっちはタズウェルに任せていいか」

「おい」

「森の焼却で唯一仕事なかっただろ」

「…………」

 作戦立案はハクロ、着火はバーンズが担当したことによりタズウェルは傭兵としての作業の割り当てがなかった。魔導具の試し撃ちを少しやらせたが、あれは傭兵の仕事ではない。依頼報酬は傭兵大隊(クラン)に振り込まれるが、このままでは「お前何してたん?」とギルドに小言を言われてしまう。だからこれはタズウェルに対する救命措置である。シカタナイネ。

「それに俺はやることあるからな」


「んふふふふふふ……!!」


 ルキルの拠点に戻るとダッシュで工房にこもったティルダのテンションのおかしい笑い声が扉の向こうから聞こえてくる。実際に魔導具を試し撃ちし、感触や課題が明確になったため早くも次の試作品の製図作業に取り掛かっているらしい。

 使用者の一人としてハクロには彼女の魔導具作成に助力する義務がある。

「つーわけで、頼んだわ」

「…………。分かった。せめて手綱は握ってくれ」

「それは保証しかねるな」

 そう言って軽薄に笑い工房へと入っていくハクロを、タズウェルもバーンズも深い深い溜息で見送ることしかできなかった。


 それからさらに2週間が経過した。


 日中は本来ルキルに来た目的であった鹿狩りに参加し、ほどほどの戦果を挙げるとさっさと工房に戻りティルダ共々怪しげな笑い声を響かせる生活が繰り返された。

 以前はリリィとの勉強会やバーンズとの修行をほったらかしにしていたため二人から不満の声が上がったが、今回も三回挟んだ安息日にそれぞれの時間を設けることで多少和らげることができた。

 それよりもバーンズから何か聞かされたのか、リリィからドン引きしたような若干の距離感を感じるようになった。元々近すぎた彼女のと距離感はそれでようやく「ちょっと近いな」に落ち着くのだが。

 そしてその2週間後の明け方。


「で、できた……!」

「……はっはー」


 2週間ぶりにティルダが顔を上げ、窓の外から差し込む朝日に目をしょぼしょぼと瞬かせる。

 ハクロが匙で口元まで持っていかなければ食事も自分からは摂らず、風呂にも入ろうとしないため毎日寝る前にリリィが濡れたタオルで全身を拭っていた。リリィと面と向かって会話もままならなかったはずのティルダだが、作業に没頭し始めると他に何も見えていないかのようになされるがままだったのがせめてもの救いだった。

 睡眠については茶にリラックス効果のあるハーブをリリィが混ぜて寝落ちさせ、無理やり寝かしつけるしかなかった。

「……頭と背中が痒い」

「風呂入って……いや、先に寝ろ。風呂で寝たら溺れる」

「……ん」

 魔導具の調整作業に一区切りがついたことによって思考力が完全に死んだようだ。言われるがままティルダはのそのそと工房を出て、まだリリィが寝ているはずの女子部屋へと向かった。

 それを見送りながらハクロは作業台に置かれた二丁の魔導具のうちの一つを手に取る。


 魔銀(ミスリル)を主体とした合金製で、それ単体で高い硬質性を確保するというよりも加工に適した柔軟性に重きを置き、使用時に魔力を浸透させることで鋼鉄にも負けない頑強さを発揮する配合にしてある。

 大きさは片手で取り回しできる程度であり、見た目の重厚感に反して軽い。

 しかし軽すぎるということもなく、手にはしっかりとした重量が感じられ、魔力を浸透させて硬質化させればいざという時の殴打による打撃武器としても使えるだろう。

 基礎構造としては試作段階からさらに手を加え、魔石部分に関しては取り外し可能となる機構を持ち手部分に取り付けた。ただしそれは魔石の魔力補充を目的とした入れ替えではなく、発動させる魔術の属性を変えるためだ。

 持ち手の底部分のスイッチを押し込むと、カシャンと小気味いい音と共に魔石が収められた部品が外に半分ほど顔を出し、それを指で引っ張るとするりと抵抗なく取り出せる。

 そこに刻まれているのは魔力の充填術式と攻撃魔術の術式だ。今は炎属性の初級的な魔術が彫り込まれているが、これがあと5種類あり、全属性に対応している。ゆくゆくは魔石を入れ替えず、さらに初級魔術だけではなくより威力の高い魔術を発動できるようにしたいが、とりあえずはこの状態で様子見である。

「ふむ」

 ハクロは満足げに頷きながら魔石機構を持ち手に戻し、右手で引き金に指をかけながら構え、左手を持ち手の底に添える。

 試作段階ではこの状態で構えるだけで魔術が装填されていたが、流石に暴発が危険ということで本体部分に安全装置を追加した。これが外れていない状態ではいくら魔力を込めても魔術が装填されない仕組みだ。

 もちろん試作段階同様、安全装置を外しさえすれば引き金一つで魔術が発動する。しかし今回はさらに追加の機構を取り付けた。


 ガチン


「ああ、良いなこの音」

 魔導具の基礎部分であり魔術を射出する筒部分にスライド機構を取り付けた。

 元々この魔導具はボウガンをイメージした構造になっていたが弓部分が邪魔と言うことで省き、代わりに吹き矢をイメージし魔術を後ろから突き放つ構造になっていた。しかし邪魔にならない程度にボウガンと弓で言う引き絞る動作を間に挟む機構を取り付けることでさらなる威力の底上げを実現させている。

 スライドを挟むことによる強力な一撃と、スライドなしによる連射性能の高さ――機構一つの追加により魔導具一つで戦術の幅がぐっと広げることができるだろう。

 魔石機構と合わせて部品が増えたことによる構造の複雑化が原因で日々の点検の難易度は跳ね上がってしまったが、仮にこの魔導具が普及したとして、その威力を考えればそれくらいのハードルをクリアできないような術者に取扱わせるつもりはないため問題はないはずだ。


 さらにもう一つ。


「こっちも良い調子だな」

 作業台に転がるもう一方の魔導具に持ち替える。

 こちらは試作品の中でも飛距離と貫通力に特化した物と同等の大きさで、筒部分だけでも100センチを超えていた。素材も魔銀(ミスリル)主体という点は同様だが、それ単体でとにかく頑丈という性質に特化させた配合をしている。それだけ重量が増したため取扱い難易度が高めだが、そもそもの操作方法が煩雑なのでこちらは完全に熟練者向けである。

 そしてこの世界において熟練者とは現状ハクロしかいないため、実質的にハクロ専用の魔導具だ。

 構造としては片手で取り扱える小型のものと同様で、持ち手部分に属性ごとの魔石機構を交換できる構造を置き、筒部分の手前側を覆うようにスライド機構を取り付けた。

 さらに体全体で支えられるよう肩に押し当てられるよう後方に突き出したストックを追加しており、起立とうつ伏せどちらの姿勢でも安定して発動できるようにしている。

 この魔導具に関して特筆すべき点として、魔物の森を焼き払った際に用いた試作品と同様に、魔術だけでなく術式を付与した魔石を矢弾として射出すことができる仕組みになっている。こちらに関しては魔石の加工品を別途用意する必要があるため汎用性は低いが、今回はティルダが魔導具本体と一緒にいくつかまとまった数を用意してくれたため、ここぞという場面で使用可能だ。

「いつかは魔導具技師の資格取って自分で用意するのが安定かね」

 ひとしきり操作確認を行った後、ハクロは魔導具の持ち手とストックをパキンと取り外す。

 壊したわけではなく、そもそもこのような構造になっている。こうすることで長い筒と持ち手、ストック部品の三つに分けて持ち運ぶことができるのだ。


「よし」


 ハクロはそれらを腰のベルトに括りつけたポーチの中に()()()と押し込む。

 タズウェルが使っているフェアリーのポーチの予備を一つ工面してくれたものだ。普段水筒やナイフを入れて携帯するには申し分ない大きさだが、この大型の魔導具を押し込むには口が小さかったため止むを得ず分割式にすることとした。

 ポーチの解析を進めることで一体式の大型魔導具を持ち運びできるようになれば、今回組み込めずに断念したいくつかの術式も搭載することができるだろう。しかしそれはいつかの話だ。

 さらに反対側のベルトに革で作ったホルスターに小型魔導具を収める。特に魔術的な何かを施したわけではないただのホルスターだが、そもそも大きすぎて携帯に不便という物でもないためこれで十分だ。

「そういや今Cランク依頼達成数ってどうなってたか」

 ふと思い出し、ギルド証を取り出して依頼履歴を確認する。ルキルに滞在中に火食鹿の討伐実績を重ねたことにより、Cランク依頼の達成数は伸びに伸びているはずだ。

「48か」

 改めて確認すると、Bランク昇級試験の受験資格であるCランク依頼達成数は目前となっていた。蓋を開けるとほとんどが鹿狩りだが、数は数である。あと20頭の火食鹿を狩ってくれば目標到達だ。

「そんじゃ試し撃ちがてら――」

「楽しそうですね」

「お?」

 魔導具の操作確認に夢中になりすぎて、工房の入り口を塞ぐよう立っていた獣人の少女の存在に声をかけられるまで気付かなかった。

 振り返ると、肩にストールをかけたリリィが呆れ半分眠気半分の表情でハクロを見ている。

「起きたのか」

「ティルダさんが自分のベッドと間違えて私の方に入ってきちゃったんです。それで目が覚めちゃって」

「そうか」

 苦笑をもって応えてやると、リリィはこの数日で随分と見慣れてしまった深い深い溜息を吐いてハクロに向き直った。

「スリングショットってあるじゃないですか」

「ん? ああ」

 突然何かを言い始めたリリィに曖昧に頷く。

 スリングショットとはY字の枝にゴム紐を括り付け、その弾性により石を飛ばすというごく簡易的な猟具である。いわゆるパチンコだ。

「フロア村ではどちらかと言うと畑に来る害獣を追い払うために使いますけど、大体はちょっと大きな子供たちが家の手伝いをするために使うんですよ」

「おう」

「で、まあ、獣を追い払うための低威力な武器とは言っても武器は武器ですからね。こう、男の子ってそういうの好きじゃないですか。それで調子に乗って村の中で使って遊んで、家の窓割ったり壁に穴開けたりして、大人にしこたま怒られるんですけど」

「…………」

「ハクロさん、そういう調子に乗るタイプの子供と同じ顔してますよ」

「…………」

 これには流石に肩を竦めるしかなかった。

「そんな顔してたか?」

「はい。私、村では同年代の子はいませんでしたけど下の子は結構いたので、その子たちのお世話もしてたので何となく分かるんですよ。ああ、この子いつかやらかすなあって」

「……やれやれ、身につまされる思いだな」

 言いながら、ハクロは腰にぶら下げたポーチとホルスターを指先でなぞる。

 確かにここ一月ほどは己でも少しどうかと思うほどテンションがおかしかったように感じる。そして悪乗りの結果と言うには些か凶悪が過ぎる魔導具を完成させてしまい、安全装置をかけているとは言えそれらは今自分の腰に括りつけられているのだ。

 ついうっかりの調子で事故が起きた場合、真っ先に被害を受けるのは自分であり、それに巻き込まれるのは自分の周囲の者たちだ。それがバーンズやタズウェルのような戦える者ならばまだしも、万が一リリィやティルダが巻き添えになったら無事では済まないだろう。

「すまんな。調子に乗りすぎた」

「ん。分かればいいんですよ」

 ポンとリリィの頭に手のひらを置き、彼女の柔らかな髪とぷるりと揺れる獣の耳を撫でる。

 それで満足したのか、リリィは立ち塞いでいた工房の入り口を退き、欠伸交じりに寝室へと向かった。どうやら寝直すようだ。

「ちょっと試し撃ちに行ってくる。いざという時『動かなかった』じゃ済まんからな」

「了解しました。気を付けてくださいね」

 共用スペースで軽く手を振り合い、ハクロは外へ出る準備をする。ジルヴァレほどではないがルキルも北方に位置するため、秋も深まるこの時期の早朝はかなり寒冷な気温となる。身体強化一つでどうとでもなるとは言え、上着一つで対処できるのならばそれに越したことはない。

 入り口付近に置いていたコートハンガーにかけている上着に袖を通していると、再度後ろから「ハクロさん」と声がかかった。

 見ると、寝室の扉の陰からリリィが顔だけを覗かせてこちらを見ていた。

「どうした、リリィ」

「いえ。その――楽しかったですか?」

「……ああ。楽しかったぞ」

「なら、良かったです! 行ってらっしゃい!」

 笑顔で見送るリリィに改めて手を振り、ハクロはようやく街を照らし始めた朝日に目を細めながら拠点出て、小屋に繋がれていたタマの元へと向かった。


 ――3時間後、朝食前に荷台一杯に火食鹿を積み込んだハクロが戻って来たことにより、リリィは再度溜息を吐くこととなった。

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