最悪の黒-067_魔導具技師
定期的に傭兵や技師が駐在しているというだけあって、拠点の中は綺麗に整理されていた。
「そう広くない拠点で部屋も限られている。申し訳ないが男女それぞれで一部屋使ってくれ。二段ベッドだから寝床は足りるはずだが」
「ああ、構わない」
「じゃあ俺二段ベッドの上にしよっと!」
バーンズは部屋に入るや否や自分の鞄を空いていたベッドの上に放り投げて場所を確保する。ハクロより一つ年上だったはずだが、二段ベッドにはしゃぐその姿は一回り年下の子供のようだった。
肩を竦めながらハクロもバーンズの下段のベッドに鞄を置き、なんとなく腰かける。
流石に宿の布団よりは綿が薄いが、久しぶりに周囲を警戒せずに眠ることが出来そうだ。
――コンコン
と、控えめなノックと共に「すみませーん」と扉の向こうから呼びかける声が聞こる。一番近くにいたハクロが開けてやると、リリィが顔を覗かせ男子部屋をぐるりと見渡した。
「リリィ?」
「はいー。すみませんタズウェルさん、もう一人、技師の方が滞在してるって話でしたけど、どこにいらっしゃるんでしょう? 挨拶したいんですけど」
「工房にいなかったかね?」
「はい」
「あー、じゃああそこだ」
言いながらヒョイとバーンズがベッドから飛び降りる。そしてそのまま苦笑を浮かべながら部屋を出て――工房へと向かった。
「工房ですか? いえ、さっき見た時はいなかったんですけど……」
「まあまあ」
何やら訳知り顔でバーンズはぐるりと工房を見渡す。
ハクロも改めて工房内を見聞すると、火の入ったままの大きな炉から天井に向けて煙突が伸び、その周囲に釛床やハンマー、火鋏などが散乱している。さっきまでそこで作業していたのを慌てて立ち去った風にも見えるが、だとしたらどこに行ったというのか。
「んー」
バーンズは部屋の隅――縦長のロッカーのような工具箱に向かう。いくつかまとめて置かれていたが、それを左端から順番に開けていく。
「お、いた」
「あひゃー!?」
そして三番目のロッカーを開けると、中からか細い悲鳴が聞こえてきた。
「おら、出てこいって」
「むむむむむむりぃ……!!」
そしてそのままガタガタと謎の攻防戦が始まる。理由は分からないが件の技師はロッカーに隠れ、そのまま出てきたがらないようだ。
一体なんのこっちゃとハクロとリリィが顔を見合わせていると、タズウェルが「はあ」と深い溜息を吐いて部屋に転がっていた金属バケツ――何故か目のように二つの穴が側面に空いていた――を拾い上げた。
「ティルダ。新しく入った薬師が挨拶をしたいそうだ。せめてこれは被ったままでいいから出てきてくれ」
「ひゅーっ、ひゅーっ、ひゅーっ……!!」
「そんな梟の雛みたいな警戒音出しても怖くないぞー」
タズウェルからバケツを受け取ったバーンズがロッカーの中の人物にバケツを被せる。それでいくらか抵抗が和らいだのか、大の男二人がかりで腕を突っ込み引きずり出す。
が、勢い余ったのか折角被ったバケツがそのまま転がり落ちてしまった。
「わひゃー!?!?!?」
ロッカーから転がり出てきたのは小さな少女だった。
小さいというのは文字通りの意味で、背丈はハクロの胸高よりも低い程度だ。それでいてタンクトップのシャツから剥き出しの腕はがっしりとして太く逞しい。
恐らくドワーフなのだろう。しかし「太陽の旅団」本部で料理長をしていたマリアンヌと違い、髭は生えていなかった。
「あ、あわわわわわわわ!?」
顔を真っ赤にさせながらドワーフ少女の技師はぺちぺちと床を這い、やっとの思いでバケツを拾い上げるとそれを自ら頭に被った。そのままの状態で大きく二、三度深呼吸すると、ゆっくりとハクロとリリィの方へ振り返る。
「あ、あの……――えっと、う、ウチ……ティ、ティル、……」
ふう、と一呼吸。
「ティルダ……バーンズ……。えっと、ぎ、技師の方の……バーンズ……です」
「「…………」」
「ひっ……ち、沈黙怖い……!?!?!?」
呆気に取られていた二人に怯えるように、少女――ティルダは妙に素早い動きで床を這いロッカーへと手にかけ、そのままするりと中へと身を隠してしまった。
「あー、気を悪くしないでくれ。こいつ、こういう奴なんだ」
「……えっと、なんだかメッセージでの雰囲気とだいぶ違うんですけど……?」
「文字のやり取りでは饒舌なんだがなあ」
バーンズとタズウェルが揃って溜息を吐く。
なるほどネット弁慶か、とハクロは苦笑した。この世界にもそういう人種はいるらしい。
「だが技師としての腕は確かだ。ドワーフだけど魔導具技師の資格も持ってて、大抵の物は作れるし直せるぜ」
「ほう」
この世界では日常生活に密着した日用品から武具までありとあらゆる場面で魔導具が使用されている。燃料となる魔石の加工品を充填すれば誰でも一定の機能を発揮させることができるため汎用性が高いが、一からその制作を行うには職人ギルド及び魔術ギルド双方の資格が必要になる。
そのためほとんどの場合は鍛冶屋や細工師が魔導具の元となる武具や器具を作り、それに後から魔術師が術式を刻むことで完成とすることが多いが、彼女はそれを一人でやってのけるという。
「……う、ウチ……お母ちゃんがエルフで……ウチはドワーフだけど、魔術適正高くて……それに、一人で全部やれるように……なれば、人とかかわるの、最小限で済むし……それで……」
ロッカーの中から絞り出すような震えた声が聞こえてくる。バケツを被った上にロッカーに身を隠してようやく会話が成立するレベルの人見知りらしい。
「ああ、それで髭がないのか」
「う、うぅううううう……!」
「ハクロさん!」
「いでっ」
慌てたようにリリィがハクロの耳を引っ張り、そのまま耳打ちする。
「ドワーフは男女関係なく髭の豊かさが美醜の基準なんです。エルフとのハーフとは言え髭のないティルダさんは相当なコンプレックスだと思いますよ……!」
「そ、そうなのか」
それは申し訳ないことをしたなと素直に反省する。言われてみればマリアンヌも髭を綺麗に編み込んでいたなと思い出した。
「っていうかこれどうしましょう……? 私、ティルダさんと相部屋なんですけど」
「うひゅっ!?」
「一緒の部屋で寝れます? これ」
「ううううううううウチは工房で寝れるから……!!」
「いえそれだと私が追い出したみたいで申し訳ないんですけど……!」
ロッカー越しにわーわーと言い合うリリィとティルダ。
結局双方一歩も譲らず、リリィが医薬ギルドの仕事に出ている間にティルダが寝室を使って休むという妥協点に落ち着くまで、小一時間ほど要したのだった。





