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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-035_怒らせてはいけない者

 リリィの確認を交えつつ必要な個所に署名を完了させると、羊皮紙を媒体とした契約魔術が発動した。透かしの陣が薄っすらと光を放ち、かと思えば中央から小さな炎を立てて燃え上がり、燃えカスの中から一枚の札が姿を現した。

 まるでマジックのような演出だな、という言葉は、この場の誰にも通じないためぐっと呑み込んだ。

「これにて契約完了となります。以後よろしくお願いします、ハクロCランク傭兵」

「よろしく頼む」

 テーブルの上に残された札を手に取る。炎の中から出てきたにしては全く熱を感じないが、ハクロの肖像画――というか、ほぼ写真――付きの魔導具は、昨日完了受付で見かけた少年傭兵たちの物と同じだった。唯一の違いは、色が違う。ランクを色分けで表記しているらしく、Fランクから順に赤、橙、黄、緑、青、藍となっている。ハクロはCランクのため緑色だ。

「使い方については……そうですね、難しいことは何もありませんが、実践していただいた方が早いでしょう。愚兄からの運搬依頼を受けていたと聞いています。完了証明をお出し下さい」

「ああ、あれか。ちょっと待ってくれ」

 ポケットを漁ると、折りたたまれて若干しわの寄った証明書が出てきた。レシートくらいの感覚で突っ込んでいたが、もう少し丁寧に扱った方が良かっただろうか、ジャンヌの眉根に若干の力が入った。

「……なんか、すまん」

「いえ。紛失していないだけマシです」

 ジャンヌが証明書を開きながら溜息を吐く。この様子だと、再発行の作業の経験は一度や二度ではなさそうだ。

「通常、依頼が達成されたと判断されると、依頼者から完了証明の割符が渡されます。それを完了受付に提出して依頼完了と見なされ、報酬が支払われます。ハクロさんはまだ商人ギルド(セロ=カンパニー)に口座をお持ちではないようですので現金での支払いでしたが、口座支払いが管理が楽でお勧めです。ギルド証があれば口座の新設も容易ですし」

「あいよ。帰りに保険関係と一緒に手続きしとくか」

「それがよろしいかと。それで使い方ですが、基本的には受付時に本人証明として魔力を籠めながら提出してください。受注、完了どちらも同様です」

 言いながら、ジャンヌがテーブルの上に板型の魔導具を取り出した。これも見たことがある。依頼完了時にこれにをかざしていた。

 言われた通り、ハクロはギルド証に魔力を籠めながら提出する。すると昨日見た通り、依頼内容が魔力の文字として浮かび上がるとギルド証へ溶け込むように消えていった。

「これにて完了です。お疲れ様でした」

「そういや、万一紛失や破損した場合は?」

「……その場合、受付にて再発行の手続きを行ってください。再発行は手数料と罰則金が懸けられますので、くれぐれもお気をつけて」

「お、おう」

 ジャンヌの纏う空気が変わった。大方の予想通り、ギルド証の再発行を要求する輩が後を絶たないのだろう。眼鏡の奥の眼差しがやけに冷たくなり、関係ないはずのリリィまでもがぶるりと震えてハクロのシャツの裾をきゅっと握った。

 絶対に無くさないよう心に刻みつけておく。

「あ、終わったー?」

 がちゃりと扉が開く。そして隙間から気だるげな笑みを浮かべながらアイビーが顔を覗かせた。

「……滞りなく。本来ならばこのようなイレギュラーな加入試験と手続きは支部長の担当ですよ」

「ありがとー。それで、ハクロくん、リリィちゃん、この後時間あるー?」

「あ?」

「私は特にありませんけど……」

「右に同じく」

「そかそかー。それじゃあ、下でちょっとした歓迎会でもしよっかー」

 なんだか妙に浮かれた足取りとクイクイとジョッキを持ち上げる仕草をしながら二人に尋ねる。

 思いがけない誘いに、ハクロは思わずリリィと顔を見合わせた。

「うちの支部で加入手続きした新人の歓迎会するのが私の趣味なんだー。いつもならまとめてやっちゃうけど、当分新人が入ってくる予定もないしー。君、お酒いけるクチー?」

「まあまあ飲めるが。いや、それは、ありがたい話だが」

「私はお酒飲める年じゃないです。ていうか、私もいいんですか? 傭兵じゃないんですけど」

「全然おっけー。ここでハクロくん誘ってリリィちゃんだけ帰すの寂しいじゃーん」

「……歓迎会は構いませんが、支部長」

 溜息交じりにクイッとジャンヌが眼鏡のつるを持ち上げる。

「本日中に提出いただく予定の書類、まだ一枚も上がっていないのですが」

「……もう下のテーブル予約しちゃったー」

「…………」

「…………。えへっ」


 ぐわしっ。


「あぁーーーーーー、痛い、痛い! 頭蓋骨から変な音聞こえそう!」

 無言で立ち上がり、アイビーの顔面を鷲掴みにしてずるずると引き摺るように部屋の外へと連れ出すジャンヌ。

 それを見たリリィは尻尾の毛を逆立てながら、シャツの裾程度では満足できずにハクロの腕にすがるように抱き着いた。

「あと二時間で合流できなかった場合、先に始めていてください」

 去り際にひょいとジャンヌが顔を覗かせ、カナル支部のトップの悲鳴をギルド内に響かせながら支部長室へと向かう。

「「…………」」

 無言で見送るハクロとリリィ。

 少なくともカナルに滞在中は絶対に副支部長を怒らせないようにしなければ――ハクロは静かにそう心に決めた。

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