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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-018_国

 フロア村から王都へ向かう旅の中継地カナルまでの道のりは順調だった。元々『明星の蠍』というゴロツキを除けば治安の安定したのどかな山間地域であった。多少凶暴な魔獣は出没するという話は聞いていたが、それについても全く障害とならなかった。

 というのも、馬車を引く竜馬は野生ではそこそこ高ランクの魔物らしく、下手な魔物は恐れて近付きもせず、知能の高い魔物も遠巻きに眺めるに留まっていた。

「じゃあもう運搬用の家畜は全部こいつでいいじゃねえか」

「飼育は簡単でも繁殖が難しいって聞きましたよ。繁殖期が3年に一度の限られた短い期間で、ペアにしても相性が悪いとオスが追い回されて怪我しちゃうそうです。しかも妊娠中のメスは訓練を積んだ個体であっても凶暴で近付けないとか」

「そんなんでよく今まで種として存続できたな」

「個体として強すぎるから、繁殖力が多少低くても問題なかったんですかね」

 家畜化が安定している現代でもなお、繁殖に関しては難航しているのだそうだ。かと言って有用な魔物であるには変わりなく、需要自体は高いため馬や牛と並んで資金が注ぎ込まれているという。

 ともかく。

「平和だねえ」

「ハクロさんのいた世界はもっと危険だったんですか?」

 竜馬の手綱を握りながらハクロが暢気に呟くと、荷台で学術書を読んでいたリリィが首を傾げた。フロア村を出発して数日、あまりにも平和で暇すぎるため馬車の扱いをリリィから教わる余裕まであった。王都で正式な身分を手に入れたら馬車の資格を取るのに苦労はしなそうだ。

「俺が生まれた国は平和だったぞ。治安が悪いとこだと盗賊紛い連中はいたが」

「……クニ、ってなんですか?」

「あ?」

 その言葉にハクロは振り返る。すると怪訝そうな顔を浮かべたリリィと目が合った。

「国っつーと、ほら、政府に統治された土地のことだ」

「政府……っていうと、えっと、王様のお仕事のことですかね?」

「……もしかして、この世界には国って概念がないのか。王はいるのに?」

 ふむ、と頭を回し、適切な言葉がないか探す。リリアーヌがこの世界の種族における性質について説明に苦慮していたが、こういう感覚だったのか。

「基本的なことを聞くが、この世界はどこからどこまでが王の所有物だ?」

「全部です。王都のお城、民は大人から子供まで、お金は銅貨一枚、作物は麦一粒、雑草一本まで王様の物です」

「極端な独裁国家か……」

 まあ王が優秀で上手く回っているのならその体制に何か言うつもりはないのだが、と苦笑する。

「あ、でも、海の外はちょっと違うかも?」

「海の外……つまり、別大陸か?」

「はい。このカニス大陸は全部王様の物ですけど、海の向こう側にあるらしい『滅びの聖地』と『龍の墓場』っていう未開拓の大地は、もしかしたら違うかもしれません」

「あるらしい?」

「『滅びの大地』はカニス大陸の東端から晴れた日にたまに見えるだけで、潮と風の流れが複雑でたどり着けた人はいないんですよ。『龍の墓場』に至っては僧侶ギルド(リディア=セクト)に伝わっている伝承しかありません」

「なるほどな」

 一つ頷き、それならばと言葉を探る。

「じゃあ仮に、その『滅びの聖地』に人がいて、カニス大陸とは文化も風習も、規則も違う、そこを治めている王のような奴がいるとする」

「もう一人の王様ってことですか?」

「ああ。こっちの王の土地とあっちの王の土地、という区分ができる。それが『国』だ」

「あ、あー……。あー? あー」

 ぐりんぐりんと目を左右に動かしながら頭を抱えるリリィ。なるほど、それまで存在しない概念を理解する、また理解させるというのはこれほど難しいものなのかと改めて痛感した。

 何気ない会話でさえこれなのだ。一人手探りで旅に出ていたらとんでもないことになっていたかもしれないと、ハクロはリリアーヌに対する感謝の念がまた一つ積み上がった。

「で、なんの話だったか」

「ハクロさんのいた世界……国? は平和で、別の国は平和じゃなかったって話です」

「流石に語弊がある。全部が全部危険な国ってわけじゃねえよ」

「……国が他にもあるんですか」

「あるわ。……この話については後でじっくり腰据えて擦り合わせするとして、魔物が出るとか盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)がのさばってるって聞いてたから、日に何度も剣を抜く羽目になるかと思ってただけだ」

「そこまで治安悪くないですよ。タマもいるし」

「その治安の加減が分からね……なんて?」

「この竜馬の名前です!」

 フフン! とリリィは胸を張って答える。

 それに呼応するように、竜馬も「オォン」と嘶いてみせた。

「いつまでも竜馬って呼ぶのも不便ですからね。街に入って宿に預ける時なんかは識別名称の登録が必要になるし、どうせなら親しみのある名前にしてあげないと!」

「猫じゃねえんだぞ」

「いいじゃないですか、竜馬に猫っぽい名前つけても!」

「…………」

 どうやら猫にタマと名付ける文化はこちらにもあるようだ。

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