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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
184/184

最悪の黒-176_深淵より

 ともかく。

「とりあえず了解した。その羊皮紙に署名すりゃいいんだな」

「ええ。さらにギルド支部責任者クラスの承認サインを以って、晴れてAランクと二つ名が与えられます」

「わあ。ハクロさんはどんな二つ名をもらえるんでしょうね!」

「……二つ名ねえ」

 自分のことのように喜び、室内故に堪えているのだろうが尻尾の先がピクピクと動いているリリィに対し、ハクロはいまいち気が乗らないでいた。

 無意識にルネとオセロットに視線が向く。

鉄腕姫(アイゼンアルム)〟も〝山猫(オセロット)〟も外見情報から授けられた二つ名だ。一方で〝蔦の魔女(アイビー)〟や〝爆劫(バーンズ)〟といった得意とする戦法から由来する場合もある。

「ちなみに誰が決めるんだ、二つ名って。まさかその場の思い付きじゃねえよな」

 差し出された羽ペンを受け取りつつ、改めて羊皮紙の記載の内容を確認する。


         認定証

 次の者をAランク傭兵として認める。

 以下に署名することで、Aランク傭兵に与えられる特待

及び依頼受注義務を承諾するものとする。

 __________

 また二つ名として〝_____〟を授けるものとする。


 __年__月__日 

          傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)

           ロアー・スヴェトラーノフ

           認証委任者

           __________


 術式形成を兼ねた装飾の施された羊皮紙は高ランク依頼の指名時に使用される契約書よりも見た目は豪奢だが、必要事項を後から手書きで埋められるようになっている事務的な様式だ。

「署名が完了することで、これまでに蓄積された依頼実績等から術式が自動的に二つ名を授ける仕組みになっています」

「ほーん。……ちなみに、二つ名の変更は?」

「…………」

 無言のまま、ヒューゴの口角が非常にわざとらしく持ち上がった。どうやら変更はできないらしい。

「はあ……依頼実績だけ見れば〝鹿殺し(ディアスレイヤー)〟とか〝坑道走り(ダストシーカー)〟とかになりそうで何か嫌だな」

「こればかりは授かり物だから諦めるしかないのう」

「猫背過ぎて山猫の名を授けられた奴が言うと重みが違うな」

 とは言え本名と二つ名どちらを名乗るかは個人の判断に委ねられているため、存外気に入っているのかもしれない。

「……ハクロさんは古語にも明るいのですね」

「あ?」

 促されるまま羊皮紙に「ハクロ」と記入して返すと、ヒューゴが意外な物を見る目をしながら受け取った。

「いえ。確かに『オセロット』とは『山猫』を指す古語です。しかしその意味まで理解できるのは一部の学識者くらいでしょう。『ディアスレイヤー』と『ダストシーカー』は……すみません、私もぱっと理解できる単語ではないですね」

「…………」

 視線は動かさず、ルネに意識を向ける。流石の貫禄で悠然とティーカップを口元に運んでいるが、あえて口を挟まないということは、そういうことなのだろう。声は上げなかったが視線をキョロキョロさせているリリィは……とりあえず放置する。

 言われてみればこれは迂闊だったと、ハクロは瞬きで眼球を湿らせた。

 この世界において「山猫」は「Usvey」と書く。「Ocelot」ではない。しかしこの老オーガを指す名としては「Ocelot」であり、「Usvey」ではない。

 ならばオセロット個人を理解し、〝山猫(オセロット)〟という名を与えたという認定の羊皮紙に施された術式とは――

「……ん?」

 受け取った羊皮紙に日付と自身の職氏名を記入したヒューゴが珍しく眉を顰め、分かりやすく怪訝の感情を露わにした。

「どうした」

「いえ。記入が終わったにもかかわらず、二つ名が出な――ああ、いえ。出まし……」

 再び、言葉が止まる。

 思考を一度区切り、ハクロも羊皮紙を覗き込んだ。



 また二つ名として〝識別個■■■■■■■■wn001〟を授けるものとする。



 羊皮紙の二つ名の項目が中心から黒く塗り潰されていた。

 全文は窺えなかったが、頭の三文字と末尾の数字だけは辛うじて目で追えた。しかしそれもすぐに他の文字と同様にインクをぶちまけたように黒く滲み、読めなくなる。

「これは……なんだ? 二つ名が塗り潰された?」

「いえ、それだけでなく……潰れる前にちらりと見えた文字も、なんと言いますか、読み解けない、見たことのない文字で……いえ、そもそもあれは文字だったのか……このようなことは聞いたことがありません……」

「……ふはは!」

 オセロットとヒューゴが困惑を隠せずに羊皮紙をただ眺める中、カチ、とルネが空になったティーカップをソーサーに戻し、笑った。

 鉄の両脚を優美に組み、ソファの肘掛けに鉄腕を置いて頬を拳に当てる。

「認定の術式如きに縛られぬ埒外の存在ということだろう! 素晴らしい、素晴らしいぞハクロ!」

「……そりゃどうも」

 否定はせず、憮然と頷く。

 とりあえずこの場はそういうことにしておこう。ヒューゴとオセロットの二人はルネの勢いに押されて「そういうものでしょうか……?」「そういうものなのだろうか」と半ば無理やりではあるが納得させられた。

「…………」

 ハクロのシャツの裾をきゅっと不安そうに摘まむリリィの頭に手を置き、獣の耳の付け根を撫でる。それでひとまずは安心したようでシャツは放し、代わりに尻尾の先が僅かに揺れた。

 一方でハクロは中断していた思考が再び回り出す。


 そもそも疑問を持つべきだった。

 傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)に籍を置く全ての傭兵の依頼状況、所在地を記録し、個人間の簡易的な文面のやり取りを可能にするギルド証。

 リリィの持つ医薬ギルド(エミリア=グループ)のギルド証でも傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)とやりとりが可能であることから、機能として互換性がある、もしくは本質的には同一の魔導具だ。ハクロが把握していないだけで、恐らくは他ギルドで発行されたギルド証も同様の機能を有していると思われる。

 そこに付与されている術式に対する解析妨害(プロテクト)が厚いのは、単純に個人情報の保護のためだろうと気にも留めていなかった。しかし手のひらに収まる薄い札状の魔導具にしては機能がやけに充実している。

 つまりギルド証自体は端末であり、情報を蓄積する魔導具(サーバー)が別に存在する。

 それは各支部の受付で使用されている登録用魔導具ではない。あれはあれでギルド証の上位互換の機能を有しているが、それでも全傭兵──否、カニス大陸全ギルド所属者の情報を蓄積するには質量が足りなさすぎる。


 ではその本体はどこにあるのか。

 いや、そもそも魔導具ですらないのかもしれない。


「見ているな?」


 ハクロは懐からギルド証を取り出し、ピンと指先で弾く。

 つい先程まではBランクを示す青色のラインが引かれていたが、それよりも濃い、Aランクを示す藍色のラインへと更新されていた。


Open(ひらけ) sesame(ごま)


 口の中で極小さく、それでも十分な魔力量を込めて起動キーを詠唱する。


 ピシ――。


 ガラスが割れるような音と共に、ギルド証に描かれていたハクロの人相書きにひびが奔った。

「…………」

 流石に端末からの干渉は魔導具側が負荷に耐えられなかったか、と肩を竦める。

 まあいいだろう。

 懐にギルド証を戻しながらルネとヒューゴの会話に耳を傾ける。

「二つ名はどうすべきか」「代わりに余が相応しい名を授けてやろう!」という話をしているが、そろそろ混ざらなければならない。放置していたら碌でもない二つ名を押し付けられるのは目に見えていた。

「なあ、その二つ名の授与には本人の意思は尊重されるべきじゃないか?」

 今後の傭兵としての尊厳に大きく関わってくる話題に割り入る。


 ――今にそこから全ての知識を、経験を、歴史を引きずり出してやる。


 ハクロは笑う。


 薄く。

 軽く。


 底の見えない淵より覗く、餓えた蛇のように。

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