最悪の黒-169_最強の盾
喉に手を当て、身体強化の応用で申し訳程度に痛みを誤魔化す。
空気を吸い込むだけでガラガラとした違和感はあるが、いくらかマシになった。
「……脇腹に一発入れてやったはずなんだがなあ」
「よい一撃だった! 峰打ちでなかったら流石に無傷ではなかったろうな!」
「仮に胴体ぶった切られたんなら大人しく死んどけ……」
「笑止! 余の治癒魔術は重傷時こそ輝くのだ!」
「……そうだったな」
骨のヒビを治すためにぼっきり圧し折られたのを思い出す。
ついでに脳と心臓が無事なら胴を切り離されても治療可能とか言っていたが、本当に輪切りにされても意識があれば自力でくっつけてしまいそうだ。その意識も自身の魔力操作で途切れることがない。なんだこいつ無敵か? とハクロは溜息を吐いた。
仮にも王女だからと手心加えてしまったが、元教育係に倣って脳天をぶっ叩いてやれば良かったと僅かに後悔する。
一方で、中途半端な発声による魔力操作でも制御可能な規模で術式構築を進めた。
ルネもそれに気付いているのだろうが、何を見せてくれるのか楽しみといった風に鉄腕を胸の前で組んでいる。
ハクロの魔術を構築する術式は鍛冶の工程を元にしている。
己の魔力を鉱石に見立て、精錬して不純物を取り除き、鋼とする。
さらにそれを熱して叩き鍛錬しさらに純度を高め、冷やし、研ぎ澄まし――刃と成す。
その複雑な構築を「発声」という術式開示を対価とし、「精製」の四音に圧縮して構築時間を大幅に削減しているが、その対価が払えないとなると発動までに時間を要する。
しかし今回は相手が発動まで待ってくれるという。
実践ではこれを隠密なり回避しながら行うためさらに時間はかかるだろうが、今回は試験官の甘やかしに乗っかるとする。
バチッ
ハクロの周囲に火花が散る。
発声が制限されたことにより平時よりやや不安定となった魔力制御による過剰反応。それが煩わしく感じて眉を顰めるが、術式構築は止まらない。
精錬の過程は省略できない。
熱した鋼を折り返しながら叩く鍛錬は回数を減らし、強度よりも発動時間を優先する。
水入れ後の研磨もほどほどにおさめる。今回はなまくらでも構わない。
代わりに、術式の構築を時間差で十ほど重ねる。
「――……っ、ふっ」
手元に顕れた砂嵐に塗れたような不格好な片刃の剣を――ぶん、と投擲する。
己の魔力から打ち出した刃の投擲に本来なら予備動作など不要なのだが、同時並行で構築中の術式が多すぎるため止む無く動作を介した。
それでも弧を描かず直線で飛翔した刃は難なくルネの鉄の指によって挟み取られてしまう。
彼女に不意打ちなど無意味だと理解していても、攻勢に出る際はどうしても初手に牽制を挟んでしまうのが悪癖だなと自戒しつつ、続いて顕れた二の刃を片手に接敵する。
最初の一振りを受け止めるために持ち上げた右の鉄腕により多少攻め入る隙ができた、左側からの横薙ぎの一閃。
「ふはは!」
「――っ!?」
ばちっ
派手に魔力反応の火花が散り、刃を形成していた術式が破壊された。
「一度ならず二度も触れれば、解析はならずとも術式の破壊は可能だ!」
「クソがっ!」
魔力となって霧散した二の刃に代わる次の刃を握り、突き出すために身を捩る。
それを受け止めるためにルネも鉄腕を構えるも、ハクロは同時に追加で三振りの刃を具現化させる。
一つは首の後ろから薙ぐように。
一つは足元から斬り上げるように。
一つは脳天からかち割るように。
都合四振りによる同時攻撃。
通常の相手であれば正面と死角からの斬撃には対処できなかろうが、相手は残念ながら埒外の〝鉄腕姫〟である。
ばちっ
術式が破壊されたことによる四つの破裂音が同時に響く。
その切っ先はルネの体に届くことなく消滅した。
しかしハクロは止まらず、刃の消えた右手を握り直して真っすぐに突き出す。
ぐぬり、と分厚いゴムを殴ったような感触が返ってきた。
防御魔術。
打撃に対し、衝撃を打ち消すことに特化している。
ここまでは予想の範疇。
ダメージはともかく、先程の峰打ちによる打撃は入っていた。
つまりこの魔術は任意による発動。
対打撃に特化しているのであれば――貫けばいい。
「――抜刀!」
錆びれた声に魔力を乗せる。
魔力形成による刃の精製を発声なしで行うのは時間を要するが、精製した物をすぐに具現化させずにストックすることは可能だ。
そして既にある物を取り出すだけならば不十分な発声でもそう難しいことではない。
ハクロの拳を起点とし、残る五振りの刃がゼロ距離から姿を顕した。
ばちんっ!!
ひときわ大きな破裂音が響く。
ハクロは奥歯を噛み締め、二歩ほど下がって距離を取った。
「っざけんなよ、お前……」
「…………」
声は上げずにルネは口の端を持ち上げる。
たらり、とハクロのシャツの右袖から赤い血がしたたり落ちた。
「魔力生成された武具による物理的な攻撃を『魔術による斬撃』と認識させて、そのまま相手に跳ね返す……口で言うほど易い術式じゃねえぞ」
「ふはは。貴様の防護魔術も大概だと思うがな」
「そいつはどーも」
ハクロの用いる防護魔術は魔術と物理的事象を問わずエネルギー変換し、足元から地中に衝撃を逃がすことを基本としている。応用として足元以外から衝撃を放出して即座反撃とすることも可能だが、少しの調整ミスで自身にダメージを負うこともある。
無論何でもかんでも受け流せるわけでもなく、その魔術構築のおおよその把握、またはどのように人体に損傷を与えるかの物理的理解が必要となる。さらにその構造上、飛んだり跳ねたりといった身軽な身のこなしと相性が悪く、それもあって地に足付けた後手の戦法に偏ることになっている。
対して、ルネが見せた防護魔術は自身に影響を及ぼす魔術・物理現象を強引に魔力に変換し、それを元に同質の概念に構築し直して相手に押し付けるというものだった。
防護魔術として、受けた衝撃や魔力反応を打ち消すことは比較的容易だ。
放たれる力に反する属性かつ同量の力で術式を構築すればいい。
例えば100の魔力が込められた炎魔術を打ち消すに場合、100の水属性の防護魔術を発動させることで完全に打ち消すことができる。これが99であれば打ち消しきれずに防御側が被弾し、101となると打ち消すことは出来ても周囲に過剰な魔力反応が発生し、無駄な閃光や衝撃波、火花といった余波現象が起こる。
当然ながら攻撃を完全に攻撃を防ぎ、余波も起こさない防護魔術が理想とされる。しかし実際問題として、打ち消しきれずに被弾するくらいなら多少の余波の発生に甘んじる術者が多い。
だが攻撃を打ち消すわけではなく、被弾により発生するはずだった損傷を相手に押し付けるとなると全く別次元の話になる。
魔術の場合はその構築術式の完全な理解、物理攻撃の場合はエネルギー反応の完全掌握が必要となる。
しかもその発動効果に対する対価を「術式制御の煩雑さ」に一転集約しているのだからたまったものではない。
攻撃面だけでなく防御も厚すぎる――こんなもの、どうしろというのだ。
「しかし。ハクロよ」
ルネが静かに口を開く。
「余は少々落胆し始めておるぞ」
「あ?」
その言葉に、ハクロはぴくりと眉が揺れた。





