最悪の黒-134_湖の底
「というか、湖都って湖の底にあるわけじゃないんじゃなかったか?」
引き続きタマに手綱で指示を出しながら魔石の森を馬車で進む。
訪れる者は限られているとは言え全くいないわけではないためか、最低限馬車が通れるだけの道幅は確保されていた。魔石の樹木以外は締め固められた砂交じりの粘土系の地盤に地衣類しか生えていないため、背丈の高い草や藪が生い茂った外界の草原よりもよっぽどスムーズだ。
「私もそう聞いてました。確か、湖面を起点とした魔法がかけられていて、湖底ではないどこかにあるらしいと」
「天井、水面と太陽が見えるが?」
荷台から顔を出していたリリィと共に空を見上げ、一緒になって怪訝そうに首を傾げる。
魔石で形成された樹木その物が仄かに発光しているため分かりにくいが、頭上からは確かに木漏れ日と言える光が降り注いでいた。
目に映る光景をそのまま信じるのであれば、湖底に剥き出しになった魔石鉱脈周辺を魔法でドーム状に覆い、水を排出しどこかから空気を取り入れているように見える。
だがそれをザラはさらりと簡単に片付けてしまった。
「湖に潜っても湖都を見つけられず、湖都の中から空を抜けて水面の先に出る手段がないのデスよ。証明できなければ存在しないと同じで、魔法により異界にあるとされていることになっていマス」
「そ、そんな大雑把な……」
いまいち納得できないらしいリリィが眉を下げる。
まあこの世界におけるフェアリーの魔法とは、魔術的に未解明な魔力を起因とした現象の総称のような物だ。過去に仮説として立てられた一説が、そのまま未解明の状態で世間一般に定着してしまうこともあるだろう。
ラッセル湖は結構な深さがあり、さらにその面積も場所によっては対岸が見えないほどだ。潜って探すなど現実的に無理筋であるし、恐らくは認識阻害の類の魔法もかけられているため見つかることはないだろう。
そして物理的に湖都の中から外に出ようにも、この世界で飛翔能力を有しているのは基本的にフェアリーと一部魔獣や魔物だけだ。フェアリーが自分から天井を突き抜けようと考えるとは思えないし、魔物は論外。訓練した魔獣に騎乗するという手もないではないのかもしれないが、そいつが湖都に入れるかどうかは別問題だ。
ちなみにルネは魔力操作により当たり前のように飛んでいるが、アレは仮にも王女であるため、自治州という扱いになっている湖都に来訪したうえ天井をぶち破るなど色々な問題が生じる。やれと言ったら本人は嬉々としてやりそうなため、絶対に阻止しなければならない。
まあそんなことをしなくても、というかこんなことを急いで究明する必要もないのだ。
「やたらと体が丸くてデカい蜂がいるだろう。魔物とかじゃない、昆虫としての蜂」
「え? クロスジマルバチですか?」
「こっちで何て呼ばれてるか知らんけど、まあそれ。あいつらってどうやって飛んでるか長らく不明だったんだな。構造学的にどうやっても飛べる体型じゃねえんだよ」
「え、じゃあどうやって飛んでるんですか?」
「気合い」
「気合い!?」
「気合いで飛んでると結構な間大真面目に言われていた。後々に空気の粘性を利用しているらしいと判明したわけだが、そんな感じでいつかこの湖都の所在も魔術的に証明される日がくるかもしれんな」
己の目的とルネの野望以外は寄り道に過ぎない。思考の停止は愚策だが、踏み入りすぎもまた愚策である。対岸から眺めるくらいでちょうどいいのだ。





