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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-123_未だ見ぬ地

 カニス大陸の東端の街ハスキー州からは時折、海の向こう側に「滅びの聖地」と呼ばれる異大陸を臨むことができる。

 その地への到達こそルネの野望の第一歩であるが、ハクロも一度はその目で拝んでみたいと思いながらも今日までなかなか機会に恵まれずにいた。そのため、()()を自分の目で見たのはこの日が初めてだった。


「おい。まさかアレが――()()()が『滅びの聖地』じゃねえよな」


 ハクロが見据えた海原に浮かんでいたのは、大きさな島だった。


 この惑星(せかい)の大きさは分からないが、体感での重力差は元居た世界とほとんど変わらないため、大きさもほぼ同じと仮定する。

 ハスキー州における海側の生活圏のうち最も標高が高い箇所は三合目付近で、海抜としては約2600メートル、海岸からの直線距離は約110キロ地点である。そこから晴れた日に異大陸の端を臨めると聞いていたが、その高さからの見通し距離は約190キロとなるため、海峡の距離としては80キロそこそこといったところか。

 事実頂上から見下ろした限り、流石に距離感は掴めないが海を挟んで思いのほか近い位置に陸地が見えている。


 しかし問題は、それと同時に陸地の反対側の海岸線もまた見通せてしまっていることだ。


 現在ハクロたちがいるフーラオ山の山頂は標高8756メートル――見通し距離は350キロ程度である。

 海岸から山頂までの直線距離はざっくりと200キロであるが、それを加味すると島の陸地はどれだけ多く見積もっても70キロ程度の奥行しかないのだ。

 元居た世界で言い表すなら、鹿で有名な県よりいくらか広いくらいか。

 島としては大きな部類に入るだろうが、とてもではないが大陸と呼べるものではない。

「……ああ、やはりか。やはり貴様を連れてきて良かった」

 ハクロがパチパチと頭の中で距離計算をしていると、ルネがハクロの腕の中で納得したように大仰に、そして不遜に笑う。

「確かにこの世界の者たちはあの地を『滅びの聖地』と呼んでいる。さもありなん。あの地の全貌など今この瞬間、貴様がその目で見るまで誰も知らなんだからな」

「……そう、か」

 ハクロはぎこちなく頷く。

 訓練を積んだ傭兵でも魔力風の吹き荒れるフーラオ山の登頂は困難であり、バーンズやタズウェルのような上位に位置する者でも六合目が限界だったという。唯一の登頂成功者はルネだが、彼女は目が見えないのだ。魔力の観測においては右に出る者はいないが、物理的な距離の演算等にはとことん向いていない。そのため、あの陸地が島であるとおおよそ見当は付けていたが、確証がなかったのだ。

「なあ、ルネ。確認だ。……確認させてくれ」

「ああ。何でも聞くがよい」

「あんな小せぇ島が、お前が目指している地じゃねえよな」

「無論――違う」

 頷くと、ルネは一層体の重心をハクロの胸に預け、ふんぞり返りながら笑みを浮かべた。

「アレはあくまでカニス大陸と『滅びの聖地』の間に浮かんでいるだけの島に過ぎない。……と、余は考えている。余の魔力探知はあの島の更に向こう側に巨大な()()()があるのを感じ取っている。あの島など比べ物にならない大きさの魔力だ。カニス大陸全土の魔力量と同等か、もしくはそれ以上の規模だろう」

「……なにか、か」

「流石にあの大きさだ。地形には違いなかろうが、どうにもその手前側にやけに魔力が希薄な空白地帯があって上手く探れぬのだ」

 ともかく。

 異大陸はこの標高からでも目視できない位置にある。それを確認させるため、ルネはハクロをこの登頂に連れてきたということか。

「もっとも、世間ではあの島こそが『滅びの聖地』であるという定説が根強い。今公表したところで納得する者は少なかろう。その目で見た物はおらず、根拠は余の魔力探知しかないのだからな」

 それもそうかとハクロは大きく息を吸い込む。

「……下からだと大陸だと思われてるあの陸地が実は島だってのは、傭兵大隊(クラン)の連中は知ってんだよな」

「無論だ。真の目的はあの島の向こう側であり、あの島への到達は前掛りに過ぎぬというのは技術班の者たちを中心に言い含めてある」

「島の向こう側に行くにも、そもそも海峡の複雑な海流を突破できなきゃ何も始まらねえしな」

「その通りだ。まずはあの島を制し、開墾し、『滅びの聖地』へと続く海路の中継地とするのが当面の目標であろう」

「なるほどな」

 頷き、頭の中でプロセスを組む。

 最優先は船に関わる魔導具の開発だが、島を中継拠点とするためにも把握しておかなければならない技術がある。場合によっては大規模な港を一から作り上げる必要すらあるのだ。そのために必要な土木技術だが、この世界の魔術が織り交ぜてあるのであろう分野まではハクロ個人では手が回らない。

 だがそのための傭兵大隊(クラン)である。今現在技術班は造船関係に力を集中させた5人しか所属していないが、今後はそちらの分野の職人や技師、魔術師を呼び込むことになるだろう。

「ところで、その目で距離を測るのは向いていないのは承知で聞くが、島の向こう側との距離はどれくらいだと考えている」

「ふむ……楽観的な憶測だが、海峡距離と同等といったところか。単純な距離だけ見るならば絶望的というほど遠く離れてはいないはずだ。とは言え、余の魔力探知でも流石に全貌は掴みきれぬ。何よりも途中にある魔力空白地帯が邪魔すぎる」

「さっきもそれ言ってたが、このやたらと魔力で溢れている世界で魔力が希薄な場所なんてあるのか」

 ハクロが元居た世界では魔力のある場所の方が稀だったため、こちらに来た直後は魔力濃度の落差で魔力酔いを発症し体調を崩した。その時の診断と治療――リリィ曰く謎の物体Xの投与――はリリアーヌが行ったわけだが、魔力酔いなど理論上のみ存在する症状なのだ。

「余も寡聞にして知らぬな。少なくともカニス大陸にはそのような地は存在せぬ」

「そうか」

「貴様はどう見る」

「俺自身が感知出来てねえから断言はできねえが、ハスキー連峰の逆の地形があるのかもしれんな」

「逆……つまり、魔力が大地に吸い込まれる孔のような物か?」

「ああ。ハスキー連峰のように魔力が上へ上へと突き抜ける地があるなら、下へ下へと吸い込まれる場合もあるんじゃねえか? この場合は地形的には海の底――海溝になってるだろうが」

「ほほう! 海の底か!」

 ルネが底抜けに明るい声を上げる。しまった興味を引き付けてしまったらしいとハクロは肩を竦めた。

「言っとくが、海底は俺が元居た世界でも未開の地だぞ。海の向こうに行くのとはわけが違う。なんなら空の更に上――宇宙に到達する方が早かったレベルだ」

「ほほう!! 空の更に上!!」

「しまったこっちもか」

「はっはっは! 良いではないか、実に興味がそそる!」

 声高らかに笑うルネ。


「海の向こうを制したら、次は空の上、海の底、そして世界の外だ! 待っていろ、未だ見ぬ地よ!」


 もし彼女に腕があったら、水平線からすっかり顔を覗かせた太陽を指さしていただろう。

 胸の中でふんぞり返るルネを抱えながら、ハクロは小さく苦笑を浮かべるのだった。

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