最悪の黒-113_1と0
「半自動化……? そいつぁどういうモンだ?」
ロウがじょりと顎周りの無精髭を撫でながら怪訝そうに片眉を持ち上げる。
ハスキー州の職人は当たり前だがその大半をドワーフが占める。手先の器用さ、頑強な肉体、誤魔化しを恥とすら考える実直な性格、さらに長命種族であることから技術継承が安定するという点から、工房の総責任者である親方の地位に就く者の多くはドワーフだ。
そんなハスキー州の土地柄で親方にまで上り詰めたロウ・オルカはゴリゴリの叩き上げの職人である。船大工の技術だけでなく、数多いるドワーフの職人を押しのける胆力、100人単位の職人や見習いをまとめ上げるだけのカリスマ性、どれ一つとっても並みの職人ではその地位に就くことはできない。
そのためロウの幅広で重厚な体躯と相まって、心の弱い物であれば泣いて謝ってしまいそうな迫力があった。ちょいと疑問の声を上げただけでむしろ質問する側であるはずのマルグレートも背筋が伸びている。本人にそのつもりはないのかもしれないが。
だがハクロは涼しい顔で受け応える。
この程度の強面は生家に掃いて捨ててなお、まだ笊で掬えるほどいたのだ。
「簡単に言ゃ、魔導具の起動時だけ人が操作して、その後の維持は軽い点検だけで放置していい造りにする」
「魔導具の維持を放置? マルグ、そんなことが可能なのか?」
「ええと、私も魔導具の設計については詳しくなく……ティルダさん、どうなんしょう? ……ティルダさん?」
「…………」
マルグレートの呼びかけに応えず、ティルダは俯いたまま虚空を見つめていた。しかしよく耳を澄ますと「…………条件付け…………稼働時間…………両立…………干渉しない配置…………」と呪文のような何かをぶつぶつと呟いている。
「ああ、こりゃ駄目だ。こうなるとこいつは何も聞こえねぇ」
「えぇー……また自分だけ先に進んじゃってる……」
ロウが苦笑し、マルグレートが深い溜息を吐く。ティルダがこの状態に陥るのは珍しい話ではないらしく、2人とも見慣れた様子だった。
「ふむ、仕方あるまい。これがティルダの素晴らしいところだ! それでは付与魔術師と技師を呼ぼう。オデルとセスはどうした」
「えっと、お二人とも二日酔いでダウンしてるって聞いてますが……」
「「叩き起こせ」」
「は、はは、はい!」
王女と親方に命じられ、マルグレートは分厚い眼鏡をずり落としそうになりながら作業部屋を飛び出し、王女を交えた打ち合わせに遅刻している凸凹コンビを呼び出しに向かった。
「け、結論から述べるなら技術的には可能でござる……」
「というか、一般に普及していないだけで近い機構は既に存在するであります……」
数分後、髪を冷水でビシャビシャにし両頬を赤く腫れ上げたオデルとセスがティルダの作業部屋にやって来た。その際に「こ、こ、ここがティルダ氏の……!」とか気色悪いことを言い出したためマルグレートが足を踏みつけていたが、それはとりあえず無視した。
「既にある? 半自動化とやらがされた魔導具がか?」
「半自動化という名称ではござらんが、話を聞くに、断続的に同じ術式を起動し続ける魔導具ということでござろう?」
「一部の飲食施設で使用されてるスープを長時間煮込むための加熱調理魔導具や釜型魔導具……あとは図書館などの魔術書化されていない書籍の保管に用いる空調魔導具が該当するでありますな」
「どちらも導入コストがかかるでござるから、図書館はともかく小規模な店舗施設や一般家庭では見かけることはまずないでござるよ」
「こだわりのある老舗なんかは、未だに薪に火をくべて肌で感じて火加減を調整するのを誇りにしている店もありますからな」
「ほう。言われてみれば図書館はいつ赴いても一定の気温を保っているな。城の厨房で見かけぬのは薪を使っているからか」
「王女が厨房に何の用があるんだ」
「夜食を失敬しにな」
「王女が銀蝿すんな」
ハクロの苦言にルネは悪びれもせず鎧の脚を組みながら思い返す。
基本的に学術書や報告書の類は魔術書として作成されるのが基本であり、その際に劣化を予防する術式も組み込まれている。とは言えそういった秘匿されるべき書類以外の娯楽を目的とした書籍等は紙で作られており、それらを所蔵する図書館では空調管理に魔導具を用いて劣化を防いでいるという。
「どういった造りをしているのだ?」
「あー、まあ、組み込まれてる術式そのものについては秘匿義務がある故、お教えすることはできないでござるが……」
「概略で構わぬ」
ルネの頷きにオデルとセスは視線を交わす。その所作はティルダを巡ってハクロを敵視している凸凹コンビではなく、ルネを首魁とする傭兵大隊の抱える技術者のそれだった。
「魔導具の術式発動時間でありますが、1つの術式につき1時間以上の連続使用はオーバーヒートによる事故防止のため、法令によって禁止されているであります」
図書館などに配されているという24時間稼働可能な空調魔導具を例とする。
空調の機能を発現させるための術式そのものは職人ギルドと魔術ギルドにより秘匿されている――風属性による大気循環と光属性によるカビなどの殺菌、それから地属性による湿度の吸着の組み合わせだろうとハクロは考えている――が、その術式一つ連続稼働時間は1時間と法令によって定められている。これは長時間の連続使用は術式を構築している魔力回路が過負荷により摩耗し、場合によっては魔力暴走を引き起こす可能性があるからだ。
原因としては、この世界では大気中に豊富に存在する雑多な魔力が術式に干渉してしまい、魔力抵抗を生むためだ。
実際のところは1時間以上発動し続けたとして直ちに暴走するわけではないだろうが、それを繰り返せば魔導具の寿命が縮まる原因となる。
要するに使用しない電化製品はこまめに電源を落とせ、ということだ。
「で、ござるが実態として、24時間稼働し続けなければならない環境という物はどうしても存在するでござる。そこで取り入れられているのが魔導具のスイッチ構造――要するに、同じ魔術を発動させる術式を2つ以上組み込み、それを交互に発動するわけでござる」
構造はいたってシンプル。既定の時間術式が起動し続けると自動的にオフとなり、それを引き継ぐ形でもう一つの術式が起動、最初の術式はクールダウンし次の発動を待つというものだ。
「…………」
その魔導具機構を耳にしたハクロは心の底から沸き起こる衝動をこらえきれず、口角がにんまりと持ち上がるのを堪えきれなかった。
既に魔導具に1と0を切り替える術式が存在しているのであれば、そこから発展させていくらでも必要な機工を構築することができる。
「ふ、ふひ……!!」
ふと、隣に座っていたティルダから笑い声が聞こえてきた。
今までどことも分からない空間をぼうっと眺めていた彼女だったが、今は大きな手のひらがピクピクと痙攣するように震えている。恐らくは頭の中で色々な魔導具の構造が沸き上がり、それで一杯になっているのだろう。
「……うわぁ」
それを反対側から眺めていたマルグレートは小さく溜息を洩らした。
ティルダとハクロ――性別、背格好、顔つき、どれ一つとっても似ている箇所がないのに、その笑い方だけは気味が悪いほど似ていた。
「魔導具のスイッチ構造が実用可能の段階で存在しているなら話が早いな。クズ魔石の魔力充填の術式に張り付かなければならないという課題はそれでクリアできる。魔力量が一定値以下に達した場合に充填術式が起動、魔力量が一定値以上に達した場合に充填術式が停止するよう別の魔導具と術式で調整する」
「ちょ、ちょっと待つでござる!」
と、凸凹コンビの細い方――オデルが慌ただしい声音でハクロの提案に待ったをかけた。
「確かに魔導具のスイッチ構造は実用化自体はされているでござる! しかしながらその術式構造とはシンプルな物で、言うならば、一往復に1時間かかる巨大な振り子を行き来させてオンとオフを繰り返して――」
「オデル氏!?」
凸凹コンビの太い方――セスが思わずオデルの発言を遮る。それにオデルもハッとして口元抑えた。どうやら魔導具に携わる付与魔術師として情報開示制限のかかっている内容を口にしてしまったらしい。
だがハクロはそんなうっかりを聞かなかったことにしてやるほど優しくはない。「なるほどな」とわざとらしく頷いてやると、今更誤魔化しは通用しないがオデルとセスは「こ、こほん!」と咳払いをしてから話題をずらす。
「と、ともかく! スイッチ構造に組み込まれているのは時間経過による起動切り替えであります。魔石の魔力量が少なくなったら起動、充填完了したら停止などという複雑な指示を組み込むのは……」
「起動の術式は消費魔力量から駆動時間を計算すればできそうでござるが……後者は正直、厳しいでござる。自然魔力の波長は環境に左右されて多岐に渡るでござるから、同じクズ魔石に充填しても要する時間は毎回変わるのでござる」
「だからこそ魔力充填の専門工房が存在し、そこに所属する職人を工房は抱え込むのでありますよ」
「ふむ。じゃあもう一つ確認だが」
ハクロは口の端を歪め軽薄に笑い、オデルとセスに問う。
「その魔力充填工房の職人はどうやって過充填にならないよう術式を停止させている?」
「え? それは、魔石の発する魔力を肌で感じて……」
「肌で感じるなんて曖昧な表現を使うな。要するに、工房内の自然魔力に充填中の波長の魔力が混ざったら術式を停止させているんだろ。それができるかどうかが、魔力探知技能が職人としての業というわけだ」
「…………。り、理屈はそうでござるが……」
「理屈が正しいならそれを術式に組み込める。魔石の波長が外部で検知したら停止させる、それだけだろう」
「で、でありますが……!」
「それをティルダは既に構想し始めているわけだが?」
「「……ッ!」」
ハクロがティルダの肩に手を置くも、彼女はそれにも気付かず指先を動かし宙に何やら描いている。気付けば呟きも止まっており、既に脳内では図面を引き始めているのかもしれない。
「お前らもただのティルダの腰巾着じゃねえんだろ。これくらいの課題、『無理』と片付けずに裏道回ってでも結果に辿り着いて見せろよ」
「ぬぬ……、クソ! やってやるでござる!!」
「というかオイラたちの成果を今すぐ見せてやるであります!!」
「お?」
顔を真っ赤にしながらオデルとセスは作業部屋をダカダカと喧しい足音を鳴らしながら後にし、そして数分と間を置かずに戻って来る。
何やら円柱状の金属製の樽を抱えていた。
「見るでござる! ティルダ氏考案、拙者ら作成の食料貯蔵樽!」
「それ単体では軽いでありますが容易に破損する極薄の鋼鉄樽! その表面を魔銀で鍍金加工することで強度を補強しているであります!」
「さらに魔銀の性質で錆びにくく、内容物も腐敗しにくいでござる!」
「蓋には螺旋状の溝をつけることで適度に密閉させることができ、材料を入れて樽ごと加熱すれば理論上1年はそのまま食べることができるでありますよ!」
2人が持ち込んできた金属樽にロウがピクリと眉根を動かす。
一方でルネは「ほう」と興味深そうに金属樽を眺めている。ティルダからその構想案の報告は上がっていたようだが、試作品が出来上がる段階まで進んでいたというのは聞いていなかったようだ。
長期間に渡ると予想させる船旅における食糧事情は傭兵大隊全体を悩ませていたが、ここに来て課題解決の糸口に辿り着いたのだ。
まあ、それはそれとして。
「それの原案をティルダに提示したの俺だぞ」
「「…………」」
「あと試作が完成したんなら姫様と儂に報告しやがれ。荷重計算ズレるだろうが」
「「…………」」
ハクロとロウの指摘に凸凹コンビは両手を床につき、力なく項垂れていた。





