最悪の黒-103_依頼達成……?
「見つけましたー……!」
旧西区画第18坑道――その深度8というそこそこの奥地から伸びる分岐路の先でエーリカが溜息に近い歓喜の声を上げた。
ハクロが坑道調査に合流してから安息日を1日挟んで6日目にして、ようやく魔物の発生源である魔力溜まりを発見した。その場所は立っているだけでねっとりとした不快な魔力が感じられ、マスクに仕込まれた光属性魔石が絶え間なく浄化の魔術を発動し続けている。
視認できるほど――というほどではないが、間違いなく魔力が淀み滞っているのが肌で感じられる状態だ。
「思いのほか時間がかかったな……」
「思いのほか早く見つかって良かったですー!」
全く真逆の感想を述べ、ハクロとエーリカは顔を見合わせる。
「スムーズにいけば日に2ルート踏破できたはずなんだ。それが多くても日に1本しか進まず5日もかかった原因はあんただろう」
「安全が確保された環境で魔物と触れ合えるのって最高ですよねー」
「節度を守れと言ったはずだが? まあ興味深い話を聞けたのは良かったが」
つまりはそういうことである。
ハクロがエーリカの「触れ合い」に忌避感を抱かず、かつ腕が立つため「触れ合い」の最中に完全に無防備になっても問題ないと判明した途端彼女はそのことに味を占めた。そして最初にリクエストした赤い蜘蛛系種の他にもいい感じの魔物がいたら手あたり次第「触れ合い」をし、この魔力溜まりの発見まで時間がかかったのだ。
そして案の定というか、エーリカは感極まると魔物に素手で触ったり直接頬擦りしたり口に含もうとしたりする。それを止めるのも当然ながらハクロの役目であり、多少なりとも心労の原因でもあった。
「んで、この後はどうすんだ?」
「戻ってギルドに報告後、この分岐路の入り口を封鎖しますー。それから手前側の魔物を掃討して安全が確保出来たら、クズ魔石を搬入して完全埋め立てで完了ですねー。まあ今回の私たちのお仕事はこの場所の特定までなので、この後の作業は別依頼で発行されるはずですー」
「なるほどな」
つまりこの坑道の調査はこれで終了ということらしい。
作業内容としては坑道をひたすら突き進んで道中多少遭遇する魔物を討伐するだけの簡単なものだったが、暗視魔術があるとはいえ連日日の当たらない閉鎖的な空間を歩き続けるというのは精神的負担が大きかった。エーリカの悪癖を除外したとしても、確かにこの依頼を受けたがらない傭兵が多いというのも頷けた。
「それでは明日からは西区画28番坑道の調査に取り掛かりましょうねー」
「…………」
魔力溜まりの位置をマッピングしさあ帰ろうと踵を返したところで、エーリカのその言葉にハクロは足を止めた。
「……なんだと?」
「はいー?」
「……次の坑道?」
「はいー。西区画……あ、ここは旧西区画なので馬車でもう少し西に行ったところの坑道も魔物が発生してましてー。そこの発生源の調査が控えてますー。流石に今日は報告書をまとめる必要があるので帰還しますけど、魔力溜まりは早めに対処したいので明日には取り掛かりましょー」
「……ちなみにその次、いや、傭兵大隊で受けている依頼の数は?」
「『太陽の旅団』で引き受けているのはあと34カ所ですねー。ハスキー州は全部で6千本以上の坑道があるので、どこかしかで魔物が発生しちゃうんですよねー」
「…………」
ふう、とハクロは大きく息を吸い込む。
マスクの浄化魔術は正常に作動しており、呼吸に支障はない。
「エーリカ」
「はいー?」
「明日から別行動だ」
「なんでですかー!?」
この調子でのんびり対処していたら何年も坑道の魔物調査に付き合う羽目になる。依頼を選り好みするつもりはないが、この依頼にばかり付き合ってもいられない。ハクロが単身で潜航してでも1日1件、いや2件完了の速度で当たるつもりでなければいつまで経っても終わらない。もたもたしている間にも別の坑道で魔物が発生することもあるだろう。
そんな思惑があっての別行動、二手に分かれての依頼対処の提案だったのだが、エーリカは見捨てられたと誤解し涙目になって「一緒にいてくれるって言ったじゃないですかー!」とすがり寄るのだった。
依頼完了報告後も揉めに揉めた。
結局「ハクロがエーリカを縛って背負って駆け抜けてもいいなら同行してもいい」「『触れ合い』は1日1回まで」というなんだかよく分からない妥協案に落ち着くことになるが、それを聞いた誰もが「なんで?」と首を傾げることとなった。





