黒薔薇の魔女王。
いつもありがとうございます。
最後は駆け足となってしまいましたが、これにて無事に完結となりました。
最終話にも残酷な表現が申し訳ないですが、ありますので苦手な方はお気を付け下さい。
此処まで読んで下さり本当にありがとうございました。
「……さて、奪い取るか、獲物を狩るかのように捕まえようと思っていた相手を思いがけず手に入れたことだし、こんな埃っぽい所にいたくないわ。……私はさっさと帰ってお風呂に入って、レディウスと恋人同士の時間を堪能したいんだから。」
艶やかな黒髪を後ろへと撫で上げて、顎を突き出すような見下す視線を周囲へと走らせながら、ミツキは艶やかに微笑む。
「っっ?! ちょっミツキ様自重して下さい! 公衆の面前でそのような言葉を淑女が発する物ではありませんっ!!」
「あら? 羞恥心で顔を真っ赤に染めるレディウスもとても可愛いわね。……もっと、言いたくなっちゃうわ。」
「っっ?!」
ミツキのうふふ、と妖艶に笑う表情に羞恥心から泣きそうな表情をしてしまうレディウスに、ますます嗜虐心に駆られてしまう。
「……でも、レディウスを愛でるのはもうちょっと先ね。……心を通じ合わせた恋人達を前に殺気だった人間共なんて有象無象の存在は余りに無粋でしょう?」
ミツキとレディウスが会話を交わしている間にも、二人目掛けて放たれる攻撃が緩むことはなく、ミツキは不愉快そうに目を細めて片腕を振り払うかのように動かせば、それだけでその方向にいた人間達の身体が弾け飛ぶ。
「ミツキ様、此処は私が……」
「駄目よ、レディウス。 貴方との恋人になった記念に真っ赤な花を咲かせるって今決めたから。 貴方は私の隣にいてちょうだい。」
レディウスの返事を待つことなく、ミツキは足を一歩前へと進める。
「お待たせ? 死出の旅路の準備は出来たかしら?……安心してね、みんな纏めて私が逝かせて上げるから。」
ミツキが美しい微笑を浮かべて己の強大な魔力を練り上げ展開させ始める。
白い細いミツキの両腕が天へと高らかに上げれば、燐光を纏った凶悪な“物体”が姿を現し始める。
「私とレディウスが恋人になった日を記念して、皆さんに贈り物をあげるわ。
ふふ、気に入ってくれると良いのだけれど。」
天に姿を現し始めた“物体”を目にした兵達はざわめき、怯え始める。
クスクスと利き手の指先で唇をなぞりながら嗤うミツキは、容赦なく数多の敵を屠る言葉をまるで愛の言葉でも囁くように呟いた。
「バイバイ、良い旅路を。」
ミツキの言葉を合図に戦場の至る所で血飛沫が上がり、鮮血が舞った。
天に現れた“物体”それは大小様々な注射器だった。
鋭く尖った鋭利な針の先が獲物を狙い、注射器の胴体の中には様々な毒や劇薬が詰められている。
そんな凶悪な代物が、ミツキの言葉を合図に激しい雨のように降り注いだのである。
戦場に立つ騎士の中には鎧や盾で身を守ろうとした者もいたが、分厚い鉄を貫通するほどの威力でもって降り注ぐ注射器もあれば、ミツキが腰掛けていたような巨大な注射器も紛れ込んでいたのである。
まるで夕立のように降り注いだ注射器の雨は数分も経たないうちに降り止み、大地は真っ赤な花が一面に咲き誇ったかのように紅い絨毯に覆われていたのだった。
「……これで、しばらくは静かに暮らせるわね。」
「はい、ミツキ様。」
クスクスと嗤いながらしばらく歩兵も将も関係なく殲滅し、まさに赤い花が咲いたかのような戦場を見つめていたミツキは、レディウスへと振り返り満面の笑みを浮かべて手を差し出す。
「レディウス、帰りましょうか?……私達の国へ。」
「ミツキ様が行かれる場所ならば、何処へでもお供いたします。」
手を取り合い微笑み合った二人の姿は忽然と戦場から姿を消し、後には命を失った夥しい数の亡骸と大地を汚す鮮血だけが残されるのだった……。
※※※※※※※※※※
魔女王が治めしルシファート王国に花火が上がる。
「……ねえ、本当にバルコニーに出て笑顔で手を振るなんて恥ずかしい真似をしなきゃダメなの?」
「駄目です! 我が君のご尊顔を知らない者達に示す機会なのですから! それに、折角私が普段以上に気合いを入れて準備したんですから逃げたら駄目です!」
気合いの入ったアイリスの姿にため息を付いてしまうミツキ。
聖王国と亜人の国の戦争という一連の出来事が無事に終幕し、増えた国民を前にミツキは初めて姿を見せることとなったのだ。
そのため、朝一番の暗い内からアイリスに捕まって、すでに疲れ切ってしまったミツキ。
「おほぉぉっっ! さっすが、アイリス! すげえ、普段にも増して最高に美人になってる!!」
「うふふ、そうでしょ! 此処まで、気合いを入れて飾ったのは久しぶりよ!」
「ほっほっほっ。 本当に似合いますなあ、我が君。」
数分前より部屋の中へやって来て、化粧や髪をセットされるミツキの姿をキラキラとした眼差しで見つめていたナギと、湯気の立つお茶を片手に煎餅をボリボリと食べる翁。
「……アイリス、私もお茶とお煎餅食べたい。」
「駄目です! 口紅が落ちちゃいます!」
「……」
朝目覚めてからコルセットをしっかりと締めるという理由で軽食しか口にしていないミツキは、キュルキュルと悲しげに鳴るお腹を切なそうに押さえた。
「さっ! 準備は出来ましたからバルコニーへと移動しましょう。 きっと、他の方々は先に行って待っていますわ。」
侍女長の正装である品の良いシックなメイド服に身を包んだアイリス。
「よっしゃ! 気合いを入れていこうぜ、我が君!」
黄金の獅子将軍の名にふさわしい純白の正装に身を包んだナギ。
「ほっほっほっ! 我が君の晴れ舞台。 楽しみですなあ。」
金糸銀糸で彩られた正装に身を包み、純白の玉を腰に飾った翁。
正装に身を包んだ三人を従えて歩くミツキは、太陽の光が差し込む大きなバルコニーの窓へと辿り着く。
三人と共に歩んだ先にはレディウス、エドワード、ロキの姿が有った。
三人の中からエドワードが進み出て、ミツキの目の前に跪きその手を取る。
「……とてもお美しいです、我が君。」
「……お似合いです。」
文官を束ねる宰相としての華美ではないが、一目で仕立ての良さを伺わせる衣装に身を包んだエドワード。
控えめにミツキを褒め称えたロキは黒装束ではあるが、所々に銀糸や銀の飾りを付けた正装に身を包んでいた。
「本当に我が君の隣はこんなへたれた糞犬で良いのですか?」
「……貴様、いつまで我が君の手を握り締めているつもりだ!」
エドワードの手からミツキの手を取り戻したレディウスは、エドワードを睨み付ける。
「おお、こわっっ! こないだの我が君に振られたって耳や尻尾を丸めていた糞犬とは思えない姿だな!」
「当然だ! 私とミツキ様はりょ、両思いなのだからな!!」
「きもっっ! 我が君、こんなへたれ糞犬に飽きたらいつでも言って下さいね? 何でしたら、俺は愛人でも構いませんから!」
「そんな日は一生こないっっ!!」
エドワードとレディウスの掛け合いに周囲に笑みが溢れる。
クスクスと笑いながらレディウスへと手を差し出せば、恭しくその手を受け取り光が満ちるバルコニーへと歩み出す。
「……ねえ、レディウス。」
「はい、ミツキ様?」
背後から己が大切に思う仲間達も歩み付いて来てくれていることを感じながら、ミツキは満面の笑みを浮かべる。
物語のお姫様のように心が綺麗でも、優しくもない。 そもそも、お姫様ですらない、血と怨嗟に塗れた魔女王と呼ばれるミツキ。
「私は今とても幸せよ。」
そんな彼女は異世界に堕とされて初めて安息と愛情を得て、幸せだと心より思う事が出来たのだった。
未開の大地に囲まれた様々な種族が暮らすことになった魔女王の王国。
強大な魔力を誇る魔女王を伴侶となった執事が献身的に支え、永い時のなかを繁栄し続けたという……。




