魔女王の最後の戦い 告白編。
様々な場所で決着が付いていくなかで、シスプラット平原の空に浮かんでいる魔女王はクスクスと嗤い声を上げていた。
「ええいっっ! あの昼行灯のことなど、どうでも良い!!
皆の者っ! 例え魔女といえども力を合わせ猛攻する我らには敵うまい!!
兵達よ! 一斉に掛かるのだ! 数の暴力で畳み掛け、攻めきるのだっっ!!!」
やっと、混乱が収まった聖王国軍は王族のなかでも第一王子とされている人物を中心に纏まり始める。
第一王子の命令を受けた兵達は、急かされるかのように雄叫びを上げながら魔女へと進撃を開始する。
「あらら、向かって来ちゃうの?……ふふ、だったら容赦しないわ。」
何処までも愉しげな様子の魔女王は浮かんでいた身体を大地へと降ろし、己に迫り来る兵達を羽虫でも見るかのような眼差しで見つめる。
「構えぇぇっっっ!!」
弓兵や魔法使い達を指揮する将達が大声で命令を下し、弓兵達は弓に矢をつがえ、魔法使い達は魔力を高め始める。
「一斉に放てぇぇぇぇっっ!!!」
将達の合図により、魔女目掛けて数多の矢が放たれ、数々の魔法が炸裂する。
「……下らない」
詰まらないものを見下すように鼻で笑った魔女王は全ての攻撃を片手で振り払おうとした時、この場にいるはずのない見慣れた背中が魔女王の眼前へと躍り出る。
「はあっっっ!!!」
気合いのこもった力強い言葉と共に、美しい装飾の施された透明な輝きと冷気を放つ直槍を一閃させ、迫り来る矢だけでなく魔法すらも振り払った戦場には不釣り合いな執事服を身に纏った麗人がいた。
「……どうして……貴方が此処に……?」
「……我が君……」
攻撃を全て弾き飛ばし、魔女王へと向き直った麗人。
魔女王はこの場にいるはずのない人物、レディウスの登場に戸惑い、眼を丸くしてしまう。
「我が君、申し訳ありません。
身勝手なことと十分に理解しております。……ですが私は、例え受け入れて貰えないと分かっていても貴女様へと、どうしても伝えたいことがあって恥知らずにも来てしまいました。」
魔女王の前へと立っていたかと思えば、跪き真っ直ぐに魔女王を見つめるレディウス。
己の片手を取り、跪いたレディウスの姿に何事かとキョトンとした表情を浮かべてしまう魔女王に、レディウスは不安に揺れながらも、強い気持ちのこもった眼差しだけは反らすことはなかった。
「……レディウス、貴方の気持ちはあの時に十分に聞いたわ。 だから、別にこんな戦場のど真ん中で止めを刺してくれる必要は無いし、私もあれから色々考えたのよ。」
「……我が君……」
「だから、貴方がこれ以上私に伝えることは無いはずよ?……まあ、私はあるけれど……」
困惑した様子で周囲の二人の会話を邪魔するかのような攻撃に数々を、視線すら向けることなく吹き飛ばし続けている魔女王の言葉にレディウスは怯むことはなかった。
「いいえ、我が君……これが最後でも構いません。 私のことを二度と視界に映したくないというならば、この言葉を最後に貴方の前から消え失せます。」
「……は? 何を言って……」
緊張した面持ちでレディウスは伝えたかった、本当の気持ちを口にした。
「我が君……いえ、あの地下牢のなか今は亡きレティシア様ともう一人の御仁より生まれたミツキ様。」
レディウスが理解でしていると思っていなかった己の存在を正確に言い表した言葉に驚き、動揺してしまう魔女王、ミツキ。
「身の程も弁えぬことは重々承知しております。 ですが、私はミツキ様のことを心よりお慕いしております。」
一瞬、動揺したミツキの聞き間違いかと思ってしまった。
もしくは、都合の良い夢かと思ったミツキだったが、目の前で己を見つめるレディウスの握った手の熱さは夢幻ではなかった。
「……何を言って……だって、レディウスは私じゃなく……レティシアのことが大切なのでしょう?」
「確かに、最初はそうだったかもしれません。 ですが、私が心から忠誠を捧げると同時に、愛情を抱いたのはミツキ様、貴方だけです!」
レディウスの嘘偽りのない言葉に、戦場のど真ん中であることも忘れてミツキは眼を見開き、驚いてしまう。
「貴女様を一度拒絶した私の言葉など、簡単に信じて頂けないことは分かっています。 ですが、ミツキ様を愛する想いを信じて頂けるなら、何の価値もないこの命を今すぐ絶つことも躊躇いはしません。 ミツキ様に信じて貰えるならば、どんなことでも致します。」
「……レディウス……」
「ミツキ様、貴女様を私は愛しております。」
レディウスの本気を感じ取り、ミツキの眼に涙が浮かぶ。
己の告白に涙を浮かべるほどに嫌われてしまったのだと感じ取ったレディウスは、己の愚かさに美月の手を握ってはいない方の手を握り締め心に感じる痛みを自業自得なのだと耐える。
ミツキへと向ける顔にだけは決して己の感情をさらけ出してしまうことによりミツキの気分を害する事だけはしないと、これ以上不快な思いはさせないとミツキから与えられるであろう拒絶の言葉を待ち続ける。
「……馬鹿じゃないの……」
「……申し訳ありません……」
ミツキに拒絶されて当然だと自嘲し、これから続けられるであろう拒絶の言葉を聞けば聞くほどに、感情を出さないと決めていても歪むかもしれない己の顔をミツキへと見えないように俯かせるレディウス。
跪いたままで、視線を地面へと向けたレディウスの頬を魔女王の小さな両手が包み込み、強引に上を向かせた。
「本当に、私も貴方もお馬鹿さんよね。……でも、お馬鹿さん同士お似合いだと思わない?」
ミツキの言葉も、己の身に起こっている状況もレディウスはすぐには理解できなかった。
ただ、唇に温かく柔らかな何かの感触を感じ、驚きに見開いた至近距離過ぎて焦点の合わないミツキの顔がすぐ目の前に有る事だけは分かった。
「……っっ!!」
「……あらら、私よりも精神年齢は下とは言っても、その反応可愛すぎて困っちゃうわね。」
ミツキの顔が離れて、やっと何が起きたのか理解したレディウスは唇を押さえ、頬だけでなく首筋まで紅く染めてしまう。
「いっ……なっ……されっ……」
「“一体、何を、されるんですか”って言いたいのかしら、レディウス?」
顔をゆでたこのように真っ赤にしたレディウスは、ミツキへと問いかけたかったが言葉にならず妙な言葉の羅列となってしまった。
機嫌良さそうにクスクスと笑いながら正確にレディウスの言いたいことを代弁したミツキへと、レディウスはコクコクと頭を縦に振る。
「何をと言われてもレディウスは口づけを知らないのかしら? 私のことを愛しちゃってるレディウスに口づけただけよ?」
「……ミツキ様っっ! こういったことは好きな人にするべき事ですし、出来ればわたっ私の方からっっ……」
「だから、レディウスにしたんじゃない。 それと、レディウスからしてくれるのを待ってたら、私はきっとお婆ちゃんになってる気がするのよね。」
「そんな事は有りません! 私だって男で……え? ミツキ様……?」
普段の冷静さなどかなぐり捨てて、動揺しながらミツキの言葉へと抗議するレディウスの動きが普通に告げられたミツキの言葉の意味を理解して一瞬停止する。
「あの……私の聞き間違いでなければ……いえ、今なんと……」
「ふふ、私をどうしようも無い程に愛しちゃってるレディウスのことが、私もどうしようも無いほどに大好きだよって言ったの。」
受け入れて貰えるはずのないと思っていた告白の答えに、レディウスは胸が一杯になる。
拒絶して、傷つけてしまったばかりか、国の事を思えば己など身を引きいなくなるべきかもしれないにも関わらずレディウスを受け入れてくれたミツキ。
異世界で暴力の嵐に晒され、そして己自身も傷つけ壊し恐れられ、残酷な世界の中でいつの間にか王になり、多くの民の命を背負うことになったミツキ。
ずっと愛されるはずがないと、恐ろしい魔女と呼ばれる己を受け入れ理解してくれる者など誰もいないのだと思っていた。
側にいたのに変わっていく環境と立場に、いつの間にかお互いのことを思うあまり擦れ違ってしまっていた二人。
数年の年月を経て、そんな二人の心がやっと再び通じ合ったのだった。




