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最凶無比の魔女王は静穏を願う。  作者: ぶるどっく
黒薔薇の魔女王は影で暗躍する。
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亜人の国の戦い 老害決着編。


 戦場の中心でマルスがアリアへの思いを平然と告げていた頃、亜人の国の中心部に位置する大きな館では上層部に名を連ねる初老の男性達や老人達が集まっていた。


 彼等は、亜人の国の一角で戦闘が繰り広げられていても可笑しくない時間であるにも関わらず、其処には酒を片手に談笑している姿が広がっていた。

 

「いやはや、此度の一件は本当に大丈夫なのでしょうなあ?」

「何、案ずることはあるまいて。 あの国の王は聖なるなどと冠しておりながら、それに全く似つかわしくない欲深き愚か者。 今頃、我らが送った特使から選りすぐりの美しい娘や金品を受け取り、我らとの取引を受ける気になっておろう。」


 老人達は笑みを浮かべ合い、安堵の言葉を口々に囁き合う。

 その犠牲になった娘達や、娘を奪われた家族のことなど、彼等上層部の者達は誰一人として案じていないばかりか、その考えが脳裏に浮かぶことすらなかった。


「しかし、よく思い付きましたな。 若く見目美しい女を定期的に差し出すばかりか、今戦場に立っている者達を奴隷なり何なりと好きにして良いなど、そんな剛胆な発想は儂らにはありませんでしたよ。

 全てはエイベル殿の提案のおかげ。 その上、貴殿の一族の長を務めていたあの……まあ、名前など、どうでも良いですな。 どうせ、あの者もあの戦場よりは生きて戻れまい。」

「くくっ、まさにその通り。 あのような儂の名を出すしか取り柄のない、まったく役に立たない駒に華々しい最後を遂げる場所を提供してやったのだから、感謝して貰いたいものですな。」


 ニヤリと笑みを浮かべたエイベルは、手に持っていた酒を一気に飲み干す。

 その姿に笑い声が広がり、やんややんやと亜人の国の今後を話し合う場であるはずの空間が宴へと変貌を遂げていく。

 大きな笑い声が響き、酒の臭いが漂い始めるその屋敷は、決して国の将来を決める者達が集まる場所には見えなかった。


「……」


 そして、そんな宴が繰り広げられる屋敷の天井裏で、彼等を冷たい眼差しで見つめる人影があることに誰も気が付く事はなかった。


 

 会議と称した宴は進み、誰もが酔いが回り顔を赤くなった顔で心地よい気分を味わっていた時、それは突然起こった。


 音を立てることもなく、静かに天井裏より降り立った紅い髪の男は素早い動きで足に付けたポーチの中から小さな注射器を取り出して部屋に居た全員の体幹に近い場所に投げつければ、注射器は小さな音を立てて中の薬剤が命中した者達の体内へと注入された。


「なっ何者だっっ?!」

「侵入者がいるぞっ! 見張りは何をやっとたんじゃ!!」


 攻撃を受けてやっと侵入していた紅い髪の男、ロキの存在に気が付いた上層部の者達は酔いも吹き飛び、口々に屋敷にいるはずの警備の戦士達を呼ぼうとする。


「……無駄だ。 彼等は眠っている。」


 会議と称した宴の会場である部屋の中で、一番大きなベランダへと続く窓の前に立ったロキは口元を隠した黒い布を風になびかせ、感情の籠もらない低い声で告げた。


「戦士達を眠らせただと? 何を世迷い言をっ!」

「何が目的だっ!! 話せば命だけは助けてやるぞ!」

「まさかっ聖王国の者かっっ?!」


 戦士達が眠らされているというロキの言葉を鼻で笑い、口々に彼等の方が優位であると疑わない口調で喚き始める。

 しかし、そんな彼等の言葉などロキには関係が無く、ましてやこれから死に逝く者の戯れ言等どうでも良いことだった。


「ぐあっ」

「っっ?!」


 喚いていた者達の一部がじわりじわりと熱を持ち、痛み始めた注射痕の残る部位を押さえ小さな悲鳴を上げて悶え始めた。

 その姿を眼にした者達は、同じように徐々に熱を持ち始めた身体の一部を手で押さえ、不安と恐れの入り交じった眼差しをロキへと送る。

 その間にも、小さな悲鳴を上げて悶えている者達の声は徐々に大きくなっていく。


「……何をした……儂らに何をしたんだっっ!!」

「……我が君、敬愛する魔女王陛下よりの贈り物を渡したまで。」

「まじょっっ魔女王じゃと?!」


 ロキの感情の籠もらない声に対し、亜人の国の上層部の者達は怯えの籠もった声を上げ始める。


「我が君は仰った。

 “国を導き、民を護るべき存在が、悪いことをしちゃダメじゃない。 悪い子にはお仕置きが必要よね。 アイリスとナギの分も熨斗を付けて叩き返して上げるから、しっかりと受け取ってちょうだいね。”と。」


 魔女よりの言葉を告げたロキへ、彼等はますます怯えの籠もった眼差しを向ける。

 そんな姿を詰まらない様子で眺めていたロキはさっさと退散することに決めていた。

 少なくとも、彼等の死が覆る可能性などほとんど無く、もし命を取り留めたとしてもその先に待つのもまた、今までのような生活ではないと分かっていたのだ。


「我が君は仰った、“貴方達に人の痛みを理解できるようになる素敵なお薬を上げるわ。 薬は薬でも毒薬だけど”と。」

「ひっどくっっ?!」

「待てっ解毒薬があるはずだ! 金でも美しい女でも好きなだけくれてやる! だから、解毒薬をっっ!!」


 我も我もと、他者を押しのけるように響く雑音にロキは身を翻す。

 まるで転移したかのように、一瞬で姿を消したロキを求めてロキがいた場所へと駆け寄るがその姿は何処にもなかった。


「言い忘れていたが、お前達に渡した毒は我が君曰わく“出血毒”と言うそうだ。 身体の中にある筋肉などを破壊するがゆえに激痛が襲い、壊死を引き起こすのだとか……」


 何処からともなく響くロキの声とその内容に、すでに答えることができる者は誰もいなかった。

 彼等はすでに受け答えも出来ないほどの激痛に襲われていたのだから……。


 屋敷の警護をしていた戦士達が絶叫に目を覚まし、その声が響き渡る場所へと急ぎ駆け出した戦士達がみたのは、余りの激痛に悶えて己の身体を掻きむしりながら苦しむ上層部の者達の姿だった……。



 早々に屋敷から姿を消し去り、屋敷を見下ろせる場所へと移動したロキは空を仰ぐ。

 本来であれば、日陰の身として敵に殺されるか、主に殺されるか、どのみち碌な人生を歩くことなど有り得ない立場だった帝国の密偵であった自分(ロキ)


「……我が君……」


 魔女との恐ろしいはずだった出会いのおかげで、彼は今あの魔女の王国で帝国では得ることが出来なかったであろう数々の温もりに囲まれた過ごしていた。


「……護る……」


 密偵という道具でしかなかった己に、温かな人間としての生き方を与えてくれたあの国と魔女王を、決して奪わせはしないのだとロキは過ごした時間の中で心に決めていた。


「……我が君、我が忠誠の全てを捧げます。」


 空に向かって小さく呟いたロキはその無表情だった顔に微笑を浮かべ、友の待つ温かな王国へと帰るために絶叫が響いているであろう屋敷へと背を向けるのだった。



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