アーサー王の戦い 祝福編。
寵姫を自身の手で絞め殺し、どっと全身の毛穴全てから汗を垂れ流すコンスタントは周囲の喧騒が収まっていることに疑問を感じて周囲へと目を向ければ、己を取り囲むようにして立っている侮蔑の視線を宿したアーサーが引き連れてきた兵達だけしかいなかった。
「醜悪も此処まで来れば言葉に困ってしまう物ですね。」
端正な顔から一切の表情を無くして、寵姫の死体に馬乗りとなっているコンスタントへと冷え切った眼差しを送るアーサー。
「きっ貴様っ、王であり、叔父である余に向かってっっ」
「貴方が王であろうと、叔父であろうと、貴方が己の欲望のままに我が父の命を卑怯な手口で奪った時点で、こうなることは明白であったでしょうに。……少なくとも、貴方が圧政を敷くのではなく、善政を敷いていたならば結果は違っていたのかもしれませんが。」
残念です、とアーサーは悲壮な表情を作ってみせる。
「待てっっ!! 余はお前になにもしないでやっただろう! 第一、お前の父親が死んだのは余には関係な……ぐふっ」
生き延びるためにアーサーへと嘆願にもならない傲慢な言葉を並べ立てていたコンスタントの腹に重い衝撃が走り、その身体はゴム鞠のように後ろへと弾き飛ばされた。
「うげぇぇぇ……」
コンスタントの脂肪で護られた腹部に深く食い込んだのはアーサーが手にしていた剣の鞘だった。
「関係無いだと? 当時、まだ王位は継いでいなかった我が父はあの日視察に赴いた先で、幼かった私が賊に襲われ瀕死の重傷を負ったという偽りの情報を渡され、激しい雨が降っているにも関わらず私のために予定を早めて帰って来ようとしてくれた途中で事故にあった!」
冷え切っていたアーサーの瞳に怒りの炎が燃え上がり、憎悪が籠もる。
「貴様が王位に就いてからのこの15年! 最初に謁見した時の貴様の私を憎々しげに見るその表情に疑問を感じ、無様な道化を演じ耐え続けた! そして、真相を見つけた時に私は貴様を決して許さないと心に決めていた!!」
「ひっっ」
アーサーは手に持っていた愛剣の鞘の先を床へと力を込めて叩き付け、コンスタントだけでなく周囲の部下達すら距離をとってしまいそうになる程の殺気と覇気をほとぼらせる。
「全ての諸悪の根源はコンスタント・バリー・フォン・ウォルステンホルム、貴様だったっ! 貴様は王位欲しさに父へ偽りの手紙を出すように、馭者に本来とは違う危険な道を通るように指示したっ!! そして、王になった貴様の手で全てを闇に強引に葬った!!」
「……ち、違う! 余は、余はっっ」
「無様だな、コンスタント。 欲に塗れ、他者を平気で陥れるような醜悪極まりない貴様は王の器では無い。」
「っっ?!」
コンスタントを何処までも見下し否定するその眼差しで見つめるアーサーの姿が、コンスタントの最も忌み嫌う己と正反対で、誰よりも他者に慕われ清廉潔白だった美しい兄の姿に重なった。
「だまれ……負けるものか……負けるものかっ! ユーサーっ!! 余の方がっ余の方が優れているのだ! 余の罠に簡単に引っかかった貴様なんぞよりもっ余の方が優れているだろう!! 余のことを理解できない虫けら共が悪いのだっ!」
激高し喚き散らしながら目の前にいるアーサーをコンスタントは殺した兄の名で呼び、もう一度殺してやる、とばかりに跳びかかろうとする。
しかし、それは叶うことはなかった。 アーサーを護るように側近二人が間に立ちふさがり、兵士達がコンスタントの身体を容赦なく押さえ込み、縄で縛り猿ぐつわを噛ませる。
「負の感情しか無く、身勝手な言葉しか吐かない貴方の何処に誰が共感でき、理解するというのでしょう?……連れて行け、最後は貴方のお望み通り王として死なせて上げます。 貴方を憎む民衆が囲う処刑台の上で。」
「ふぐぅぅぅぅっっっ!!」
感情を抑え込んだアーサーの命令に従い、兵達は縛られて動けないコンスタントを引きずるように連行する。
「……父上、お待たせ致しました。 やっと……やっと、父上の敵を討つことが出来ました……」
天を仰ぎ見るアーサーの頬に一筋の涙が溢れ落ちたのだった。
長い歴史を感じさせる王座に座ったアーサーの前に、あくまで裏方として参戦していた翁とレディウスがコンスタントを支持していたが、宴に参加していなかった貴族の居場所を兵達へ全て伝えたことで兵達は速やかに身柄を押さえたこともあって、聖王国内の混乱が多少は収まりつつあるのを見計り歩み寄る。
「ほっほっほっ、新たなる聖王殿、つつがなく王位を得られたこと誠に喜ばしい限りですな。」
「貴方達のおかげです。 魔女王殿にも、聖王アーサーが感謝していたとお伝え下さい。」
「承りましたじゃ、必ず我が君にお伝え致しましょうぞ。」
側近二人が背後に控え、玉座に座ったアーサーは穏やかな笑みを浮かべ、翁もほけほけとした普段と変わらぬ笑みを返す。 只一人、レディウスは外見は普段通り無表情であったが、その内面は早く魔女王の元へと行きたくてどうしようも無く、翁にはその心がバレバレであった。
「……もし、お二人が宜しければ感謝の証として歓待させて頂けませんか? 国は大変な状態ではありますが、お二人を持て成す費用は全て私個人より出します。」
「ほっほっほっ。 大変嬉しい誘いではありますが、若人は早く会いたい御方がいるようでじれじれなんですじゃ。」
「翁っっ?!」
茶目っ気のある眼差しでレディウスを見ながら語られた言葉に、レディウスは思わず声を上げてしまった。
「おや? それは大変ですね。……先日は貴方の前で失礼な言葉を言ってしまいましたし、是非このままその御方の元へ駆けつけて下さい。」
「……ぐっ……ありがとうございます。」
翁の言葉に便乗するように続けられたアーサーの言葉に、レディウスは視線を彷徨わせ感謝を伝えた。
「ほっほっほっ! 若いとは良いですなあ。」
「ええ、全くですね!」
ニコニコと笑みを交わしあう翁とアーサー。 側近二人とレディウスの心は一致した、“この狸共め”と。
「ふーむ、聖王殿とは良きお茶のみ友達になれそうですな。」
「嬉しいですね、私も調度そう思っていました。」
「では、茶飲み友達が王位に就いた祝いですじゃ。 儂らが姿を消した後、王都を見渡せる場所に出られると宜しかろう。……また、近いうちにお茶をしに来ますかな。」
悪戯っ子な笑みを浮かべた翁と気まずそうに視線を反らしたままのレディウスの姿は一瞬で消えてしまうのだった。
二人が消え去った場所を静かに見つめるアーサーの脳裏には、疲憊し困窮に喘ぐ民で溢れた聖王国をどう立て直していくかということで一杯だった。
「……陛下、大丈夫ですか?」
そんなアーサーを心配げな眼差しで見つめてくる側近二人に、アーサーは笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。 ただ、これからやることが一杯だと思ってね。」
「しばらくは多忙を極めるでしょうね。」
「戦の後処理や貴族達の整理も必要でしょう。」
「ふふ、そうだね。だけど、それは今は置いておいてちょっと王都を見渡せる場所まで移動しないかい?」
「「陛下の御心のままに」」
穏やかな笑みを浮かべたアーサーの言葉に従い、王城にある王族が祝典の際などに民へと手を振るバルコニーへと三人は足を進めた。
バルコニーから見渡せる王都は、華やかだった昔が嘘のように沈黙を保っていた。
「……」
その現状に心を痛めるアーサーの頭上に一つの影が差す。
その姿を眼にしたアーサーだけでなく、側近二人も驚愕してしまった。
その影の持ち主は、一言で言えば巨大な龍だった。
艶やかに光る鱗に覆われた漆黒の優美でいながらも、力強い巨大な体躯。
背中に生えるのは漆黒の大きな二対の翼。
鋭く尖った牙や爪、長いしなやかでありながら強靱な尾。
漆黒の身体の中で煌めく紅い色の鋭い眼光。
「……古代龍……?」
アーサーは魔女王との契約時の言葉を思い出し、呟いていた。
「“ほっほっほっ、よく分かったのう。 我が友にして聖王国の真実の王、アーサー・ドラゴ・フォン・ウォルステンホルムよ。”」
「まさか翁殿ですかっっ?!」
天地に響くような古代龍の声にアーサーは驚愕の声を上げる。
「“なに、儂ってあんまり活躍しておらんじゃろ? 折角じゃし、なんか派手なことをここら辺でしたくてのう。”」
「え?いやいや、翁殿は沢山活躍して下さいましたよ?」
「“えー! じゃって、エドワードとナギは帝国の方で派手に暴れておったしの。”」
「えー、って……」
アーサー達は、翁ってこんな性格だったのか、と動揺してしまっていた。
「“ま、よかろ。 儂は暴れはせんが、ちょっとだけ王になった祝いをしようと思っての。”」
「ちょっ待って下さいっっ」
「“待ったなしじゃ!”」
翁の身体が淡く光り、王国中に響き渡る程の咆吼が響き渡る。
翁の膨大な魔力が淡い光の羽となって王国へと降り注ぐ。
「これ……は……?」
「……美しい……」
「温かい……一体何を……?」
美しい光景に言葉を奪われ、アーサー達は見とれてしまう。
「“儂の魔力が王国中に降り注いでおるのじゃよ。”」
「「「?!」」」
翁は眼を細めて王都を見渡す。
「“疲憊した大地を癒し数年は豊かな恵みを与え、傷つき倒れた民を癒すじゃろう”」
「翁殿……」
「“我が君までとは言わずとも、しっかりと国を導いて行くが良い若き王よ。 儂らもまた、そなた達が我らに弓引かぬ限り友として側にあろう。”」
「ありがとうございます。」
「“用事は終わったしの。 先に我が君の元へと駆けつけたレディウスと我が君の恋路でも見守るとしようかのう。 では、またの。”」
翁はその言葉を最後に大きな翼をはためかせ、大空へと舞い上がっていったのだった。
「本当にありがとうございます、翁殿。そして、魔女王殿。」
どんどん小さくなっていく翁の姿を見送るアーサーの耳に歓声が聞こえる。
『新王陛下ぁぁっっ! ばんざーいっっ!!』
『ウォルステンホルム聖王国! ばんざーいっっ!!』
いつの間にか集まっていた民衆へ、アーサーは笑みを浮かべてバルコニーより手を振るのだった。




