アーサー王の戦い 序章編。
いつも読んで頂きありがとうございます。
今回の話しにも多少ですが残酷表現が含まれておりますので、苦手な方はご注意下さい。
亜人の国と小国の狭間にある広大なシスプラット平原で二つの軍が睨み合いを開始していた。
一方は五千にも満たない武装したエルフや獣人達の亜人国軍という名の詳しい情報は与えられていない各種一族が集まった軍団であった。
対するのは、此方も大小様々な旗下の国々に要請して出兵させた兵達に加え、旗頭であるウォルステンホルム聖王国の王族達の指揮する軍団であった。
そのウォルステンホルム聖王国が集めて束ねた兵の数は、亜人国軍よりも遥かに多かった。
……誰の眼で見ても勝敗は明らかであった。
しかし、そんなウォルステンホルム聖王国軍内において一番の敵は眼前にいる亜人国軍ではなく、味方であるはずの諸将に他ならなかった。
ウォルステンホルム聖王国を出発する前に王位継承できる立場である王族にだけ秘密裏に発表されたことだが、亜人国軍を破り魔女を生け捕りにした者に時期王位を与えるという言葉に王子達は色めき立った。
それゆえに、シスプラット平原に布陣している彼等にとってお互いは王位を巡るライバルであり、決して仲間では無くなってしまったのだ。
それぞれが、虎視眈々と牽制し合い、中には秘密裏にお互いを始末しようと命を狙う暗殺者を雇う者すら居たのである。
……もっとも、彼等王位継承権を持つ王族達は己の側にいる宰相の息が掛かった将兵の中に己の命を狙っている者がいることを気が付いている者は少なかったのだった。
シスプラット平原を見渡せる小高い丘の上に陣を築いているアーサー・ドラゴ・フォン・ウォルステンホルムは、眼下に広がる布陣を見下ろしながら己の側近であるトリスタンとユーウェインへ笑みを向ける。
「絶景だと思わないかい?……果たして此処に居る王族のうち何人が生きて聖王国へと戻れるのだろうね。……ああ、私の命も此処までかな? まったく、儚い人生だったよ。」
笑顔で話すアーサーへ側近二人は呆れた眼差しを送る。
「……心にもないことを言うのは止めた方が宜しいかと。 第一、アーサー様の道はこれからが本番ではないのですか?」
「ユーウェインの言う通りです! それと、アーサー様のお命が失われる時は、このトリスタンの首が無くなった時のみです!!」
アーサーへと言葉を返す二人の忠実なる側近の言葉に、ますます笑みを浮かべてしまう。
「ああ、分かっている。 私の道はまだ始まってすらいない、まだまだこれからだよ。」
昼行灯と称されるアーサーの周りには、トリスタンとユーウェインが選び抜いた兵達が護衛に当たっている。
アーサーの補佐とは名ばかりの宰相の息が掛かった刺客でもある伯爵家出身の軍人は、噂に違わぬ無能な昼行灯などいつでも殺せるとばかりに側を離れて、己の懐を潤わせるために少しでも金になる亜人達を捕まえたり、集落の場所を探して襲撃する準備に忙しい様子だった。
ただ、静かに魔女王の合図を待ち続け、眼下を見つめるアーサーの視界には今にも戦乱が開戦されそうなシスプラット平原だけが映っていた。
そんな時に一つの光が、二つの軍の中心付近へと現れる。
真っ白な強い光の塊にシスプラット平原にいる将兵達が騒然としてしまうなか、場違いな少女の声が響き渡った。
「あらあら、どいつもこいつも欲に塗れた薄汚い糞共が雁首揃えてご機嫌よう?」
真っ白な光が消え去れば、その光の中心にいたのは宙に浮く大きな筒状の何かに腰掛け、漆黒のドレスと深紅の薔薇のコサージュを身に纏った一人の美しい少女だった。
「……魔女だ……魔女が出たぞっっ!!」
騒然としたウォルステンホルム聖王国軍の将兵の誰かが叫べば、一斉に聖王国軍だけでなく、魔女を交渉の道具にしたい亜人の国の実情を知る一部の者が浮き足だった。
「魔女を捕まえた者には褒賞を弾むぞ!! 貴族でない者は貴族位を与えてやっても構わん!」
「お前達も負けるな! 向こう十年は遊んで暮らせる金をくれてやる!」
「くそっお前達! 金だけでなく美しい女も地位も与えてやるぞ!!」
噂でしか聞いたことがない魔女が実際に目の前にいるばかりか、いくら魔女であろうともこの軍勢を前に逃げることは不可能だと愚かな判断を下した王族達が我先にと部下へと指示を出す。
指示された欲に眼が眩んだ兵達は美しい少女を捕まえようと走り出す。
「ふふふ……身の程を弁えなさい。」
艶然と微笑んだ少女が兵士達へと視線を向ければ、魔女へと近寄ろうとした兵士達の身体の内側からまるで花火がはじけるように、数多の注射器が飛び出し、夥しい量の血肉を散乱させ、辺り一面を血の海と物言わぬ屍の山を一瞬で築き上げた。
魔女の圧倒的なまでの残酷な魔力の前に、下級の兵達は悲鳴を上げて叱咤する将の声を無視して逃げ始める。
「あらあ?もう終わり?……ふふ、まあいいわ。 私に刃向かうことがなければ殺さないで上げるから、さっさと逃げなさい。……私は、お前達になんて要件は無くてよ。」
クスクスと嗤いながら、魔女は視線を巡らせる。
そして、小高い丘の上にアーサーの姿を認めれば、大地に広がる夥しい屍など眼に入らぬとばかりに可愛らしい笑みを浮かべて声を掛ける。
「お久しぶりですわね、アーサー王? 盟約に従い貴方に力を貸すわ。」
「お久しぶりですね、麗しの魔女王殿。 貴女の助太刀に感謝する。」
魔女王の纏う雰囲気に飲まれないように腹に力を込めて、アーサーも魔女王へと笑みを返してみせる。
「では、アーサー王。 この場を治めて見せて下さるかしら? そうすれば、すぐに王座へと貴方をご案内するわ。」
「ええ、愚王を討つためです。 すぐにでも、治めて見せましょう。」
魔女王のまるで世間話をするかのように、簡単にウォルステンホルム聖王国軍を纏めて見せろと言う言葉にアーサーは自信に満ちた言葉を返す。
「昼行灯っっ!! おのれっこの無礼者がっ! 陛下直属の部下である儂の行く手を阻むとはどういう了見だ!! 貴様っ卑しき魔女と通じていたのかっ一体どういうことだっっ?!」
そんなアーサーに対して、補佐とは名ばかりの宰相の息が掛かった伯爵家出身の軍人が騒ぎを聞きつけて部下を伴いアーサーの元へと駆け寄ろうとするが側近二人に阻まれ、唾を飛ばす程の勢いでアーサーへと声を荒げた。
そんな伯爵家出身の軍人に侮蔑の眼差しを送った後、アーサーは小高い丘の上から堂々とした佇まいで、強い意志と覚悟のこもった声で、眼下にいる将兵に向かって語り始める。
「我が名はアーサー・ドラゴ・フォン・ウォルステンホルムである!!
我が父であり、正当なるウォルステンホルム聖王国国王であったユーサー・ペルド・フォン・ウォルステンホルムはっ、愚王コンスタント・バリー・フォン・ウォルステンホルムの罠によってその命を奪われた!!
そればかりかっ、愚王は己の欲望を満たすだけに圧政を敷き、己が命に従わぬ多くの心ある者達の命を残酷な手段で奪った!!」
今までの昼行灯のような雰囲気を一変させ、覇気を纏ったその堂々とした姿にアーサーの父王を知るものは、その姿を重ねてしまう。
「我は例え玉座を血で汚し、歴史に逆賊として名を刻むことになろうともっ! 我が名の下に愚王を討つっ!!」
漆黒の重厚な鎧と濃紺の軍師の衣装を身に纏った側近を従え、白金の精密な意匠の施された美しい鎧に身を包み、黄金の髪を風に靡かせるアーサーの姿は見る者全てに王としての畏敬の念を抱かせるには十分だった。
「逆賊の名を背負う覚悟のある者は我が旗下に集えっ! 民の平穏を取り戻すためにっ誇り高き兵士諸君よ!! 我と共に立ち上がれっっ!!!」
覇気を纏ったアーサーに魅了され、その志を知った多くの将兵から大地を揺るがす程の声援が飛ぶ。
『アーサー王万歳っっ!!!』
『ウォルステンホルム聖王国万歳っっ!!!』
数百年先の未来において歴史は語る。
このシスプラット平原の戦いを切っ掛けに、偽りの愚王を倒せし名君の名を欲しいままにした獅子王と名高きアーサー王の治世は始まったのだ、と……。
……今はまだ誰も知るもののいない未来の話である。




