帝国への訪問者 終幕編。
いつも読んで頂きありがとうございます。
今回も残酷な描写が続いておりますので、苦手な方はご注意下さい。
リーナバット帝国を襲った悲劇とも、復讐劇とも言える出来事は民衆の混乱を避けるために知らされることはなかった。
しかし、玉座の間でエドワードと名乗る男が言い放った“流行病”という恐怖は箝口令を敷いたとしても、静かに貴族を中心に噂は広がり始めていた。
……そして、もう一つエドワードが言い放った言葉で真実があった。
あのエドワードが去った後の玉座の間では、逃げるマーティン・フォン・アバークロンビー公爵を取り囲む中で機会を合わせたかのように、元々体調が悪そうだった一人の貴族の男が首の辺りが腫れ上がり、高熱を出して倒れたのだ。
……その姿に貴族達はさらに騒然となった。
エドワードの言葉に真実味が増し、元々恐怖で混乱しかけていた彼等貴族達の理性をさらに取り払うには十分な出来事だったのだ。
貴族達は我を忘れてマーティンに跳びかかり、追い詰め、……エドワードの言葉通りの末路を与えたのだ。
身体の中を隅々まで掻き分けると血で汚れた瓶が幾つも見付かった。 その上、使用方法が書かれた紙と注射器が服のポケットから発見された。
だが、貴族達にはすぐに自身の身に使う勇気は無かった、……それゆえにまずは倒れた貴族の男で実験してみることにした。
そして、薬の効果は数時間で現れ始め快調に向かい始めたのである。
その結果より、王は一つの決断を下す。
……即ち、“マーティン・フォン・アバークロンビー公爵の血族全てを生け捕りにせよ。”と言う命令であった。
※※※※※※※※※※
リーナバット帝国内にある侯爵位を預かる貴族家の一つであるゲートスケル侯爵家前当主、フィランダー・トム・ゲートスケルは何処か焦った表情で自室へと急いでいた。
昼に行われた聖王国へ進行する事を発表する場であった玉座の間で起きた惨劇を、現当主である息子より聞かされたフィランダーの頭の中では警鐘が鳴り続けていた。
「(……くそっ! もし、儂らのことも怨んでおったとすれば我が身も危ないではないかっっ!!)」
数年前に起きた己の娘の不祥事を覆い隠すために密かに行ったアバークロンビー公爵との取引。
死んでも構わないという子供を身代わりとして認めれば、公爵家への“大きな貸し”が出来ると思ったあの取引の所為で、命を狙われるかもしれないとフィランダーは自覚していたのだ。
「(取り敢えず、何処かに身を隠して騒ぎが収まるのを静かに待つべきか……)」
金目のものと小数の召使いと護衛を連れて身を隠すことを決めたフィランダーは、自室の扉を開き薄暗い部屋の中に入って金を貯め込んでいる金庫を開けようとした時、己以外居ないはずの部屋に誰かの声が響いた。
「よお、元気かい? あの時は世話になったなあ。 お礼をしに来てやったぜ。」
「ひっ、き……貴様はっっ……」
夕闇が迫り、空に登り始めた月を背後に掲げ、窓枠に腰掛けたエドワードの姿が其処にあった。
己の警鐘が当たってしまったのだと、エドワードの姿に喉が恐怖に引き攣るフィランダー。
「そんな嬉しそうな顔をするなよ。 俺は恩だろうが仇だろうが、きっちりと礼は返さねえと気がすまねえ質でね。」
ニヤリと笑みを浮かべたエドワードは、腰を抜かして尻餅を付きながらも必死でエドワードから距離をとろうとするフィランダーへ、ゆっくりと近づいていく。
「ひっ……ひいっ……、儂は何も悪くないっ! 知らなかったんだっ、公爵が身代わりを立てているなどっ! そうでなければ、あ……あのような惨いことなどっ! 第一、儂は命令しておらんっ! 儂は何も知らんかったのだっっ!!」
ふぃらんだーの言葉に、こつり、こつりと靴音を響かせながら、近づいていたエドワードの足が止まる。
「……へえ?あんた、知らなかったのか?」
「っっ! そ、そうだっ! 儂は何も知らなかった! あれは、……あれは息子が勝手にやったんだっっ! 儂は、何も知らんっっ!!」
エドワードが“知らない”と言う言葉に反応を示したことに気が付いて、フィランダーは必死に立て続けに言葉を続ける。
「……ほう……、そうか、知らなかったのならしょうがねえな。」
エドワードの言葉に己の命は助かるのではないかと、一筋の希望が心の中に現れる。
「……まあ、関係ねえがな。」
助かるかもしれないという希望を掻き消すようなエドワードの言葉にフィランダーは耳を疑う。
「……な……なにを……」
「関係ねえよ。 あんたが命令してようが、して無かろうが俺にとってはどうでもいい事だしな。 俺の中ではあんたが命令したことになってるし、あんたの血筋を残すつもりもねえから結果は一緒だ。」
満面の笑顔で与えられた言葉に、フィランダーは絶句してしまう。
「さて、あんたは知らねえかもしれねえが、俺はやってもいない罪を背負わされ、身代わりにされて数々の暴力を受けた。 だからさ、……あんた達一族も無実の罪を背負って、同じ目にあえばいい。」
エドワードの言葉に反応するように、ゲートスケル侯爵家の屋敷の外から喧騒が聞こえ始める。
「……なっ、何をしたっっ」
どんどん強くなる警鐘に身の危険を感じながらフィランダーは、エドワードに向かって赤黒い顔で怒鳴り散らす。
「簡単な事さ。 街に色んな噂をばらまいたんだ。“死に至る流行病はゲートスケル侯爵家が金儲けをするために流行らせた”、“ゲートスケル侯爵家は流行病を治す薬を大量に持っている”、“ゲートスケル侯爵家を攻撃することは王もお許しになっていることだ。”とか他にもまだまだあるぜ。」
「な、なんてことを……」
エドワードの言葉に愕然とした表情を浮かべるフィランダーに、笑みを浮かべたエドワードは背を向ける。
「沢山のお客さんの相手であんたは忙しそうだし、俺はこれで失礼させて貰うぜ。……精々、この世の最後の宴を楽しみな。」
屋敷の門が破られる大きな音が響いたと同時にエドワードの姿は掻き消える。
部屋の中には、迫り来る恐怖に表情を歪めたフィランダーだけが残されたのである。
彼等、フィランダー・トム・ゲートスケル侯爵家の末路もまた、マーティン・フォン・アバークロンビー公爵家一族と同様に悲惨なものだった。
こうして、数日も経たぬうちにリーナバット帝国から二つの貴族の血筋が消え去ったのだった。




