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最凶無比の魔女王は静穏を願う。  作者: ぶるどっく
黒薔薇の魔女王は影で暗躍する。
43/55

魔女王への執事の想い。


「……私は……我が君の事を何一つ理解できていなかった……」

 レディウスは悲痛な表情を浮かべ、何かを決意した瞳で走り出そうとする。

「おっと、通さねえぜ。」

「其処をどきなさい。私は貴方に構っている時間などありません。」

「はっ、我が君に謝罪でもしに行くつもりか?」

「……」

「けっ、図星かよ。」

 エドワードは、レディウスの前に立ち塞がる。

「……なんと罵られようと、例え私への興味を無くされていたとしても、私は我が君に、……ミツキ様に謝罪せねばなりません。」

「……己の不明が招いた事、我が君のお気持ちが晴れるならばどんなお仕置きを受ける事も覚悟の上です。」

「そうかよ。でもな、今から我が君の私室や執務室へ行っても遅いと思うぜ。」

「どういう意味です?」

 エドワードの言葉の意味を図りかねたレディウスの言葉にニヤリと笑みを浮かべ、エドワードは質問に返答を返した。

「我が君は、すでに亜人の国へと向かってる。俺は、見送ってから此処に来たからな。」

「なっ」

「ああ、翁に移動させて貰おうと考えても無駄だぜ。翁とお前は聖王国のゴタゴタを片付ける役目があるだろ?あの国の連中が、顔を知っているのはお前だけだから絶対にお前は行く必要がある。」

「……馬鹿猫、貴様は其処まで考えた上で……」

「はっ。精々我が君への想いを抱いて、焦ってろ。俺はさっさと帝国の方を片付けて、我が君の元へとてめえより先に行って側に侍っとくからな!」

 ふふん、とレディウスの引き攣った顔を見て嗤うエドワード、その横を鬼気迫った顔で走り抜けるレディウスを止める事は無かった。

「……馬鹿猫……今回だけは……礼を言います。……ありがとう。」

 エドワードの横を走り抜け、数歩進んだレディウスは急に足を止め、エドワードに背を向けたままでは会ったが、礼を言って今度こそ立ち去るのだった。

「けっ、気持ちわりい。……たくっ、似合わねえ上に、敵に塩を送っちまった。」

「ほっほっほっ、口は悪いが身内には甘いそなたが儂は気に入っておるがの。」

「そーそ、本当は身内が大好きな天の邪鬼な宰相さん。」

 玉座の間に似合わない事をしたと頭を掻くエドワード以外の声が響く。

「……おい、いつから見てやがったんですか?翁、糞将軍。」

「ほっほっほっ、微妙に敬語が混じった妙な言葉使いになっておるぞ。」

「えーっ、糞将軍ってあたいのことかっ?!ひでえよ、エディっ!」

 玉座の間の空間が揺らめき姿を現したのは、翁とナギだった。

「エディって呼ぶんじゃねえっ!

 それよりも、翁、質問の答えは?」

「"はっ、負け犬野郎にはお似合いの情けねえ面だな"、からじゃよ。」

「最初っからじゃねえですかっっ!!」

「ほっほっほっほっ、そうとも言うのう。」

 茶目っ気を含んだ翁の笑みに力が抜けたように項垂れてしまうエドワード。

「……ああ、まあ、元気出せよ、エディ。」

 その肩にポンっと手を乗せて慰めようとするナギ。

「……エディって呼ぶな。……お前も聞いてたんだろうが。」

「んあ?ああ、聞いてたぞ、あたいと同じように我が君が大好きだって話だろ?」

「今すぐ、脳みそから消去しろっ!」

 あっけらかんと何でもない事のように答えるナギに対して、エドワードは青筋を浮かべて叫ぶ。

「ええー。いやだ。」

「っっ、んのっっ!!」

「……エディがエディって呼ぶのを許してくれたら考える。」

 殴りかかろうとしたエドワードの拳を軽く避けて、楽しそうな笑みを浮かべるナギにますますエドワードの怒りは上昇する。

「巫山戯るなっ!今まで通り、宰相の旦那とでも呼べば良いだろうっっ!!」

「え、やだ。だって、エディのこと見直したし、何か気に入ったんだ。」

 しばらく同じような応酬を続けながら、ナギに振り回されているエドワードの姿を楽しそうに見つめる翁の姿が有ったのだった。


※※※※※※※※※※


 亜人の国へとすでに魔女王が旅だった事を知った以上、レディウスが出来るのは一刻も早く魔女王に合流できるようにする事だけだった。

 そのためにも、翁を捜して王城内を走り回っていたレディウス。

 現在、魔女王以外に転移魔術を使える存在は翁だけしかいなかった。

 ……もっとも、レディウスに知らされていなかっただけで、翁の魔力を消費して転移魔術を発動することが出来る宝珠が一つだけ開発され、すでにそれはエドワードが持っている事など知る由もなかったのである。

 

 レディウスの足は自然と魔女王とまともに言葉を交わした最後の場所である王城の塔の上へと辿り着いていた。

「……我が君……。」

 魔女王が座っていた窓辺に立ち、眼下に広がる街並みを見ながらレディウスの脳裏に浮かぶのは二人の少女の姿だった。


 一人は、己が生まれた今は無き小国"ミカエラ王国"の姫君であり、己が従者を務めていた純粋無垢な可愛らしい笑みを浮かべる5歳の輝く黄金の髪に蒼い瞳をもった"レティシア姫"。


 もう一人は、他国に責め滅ばされた"ミカエラ王国"の王族の一人として、レディウスと共に同じ独房へと入れられ、大人達の暴力の嵐に晒され、絶望を瞳に宿した黄金の髪と蒼い瞳を漆黒へと染めた"我が君"。


 数年前から、いや、我が君が生まれたその瞬間からレディウスは知っていた。

 己が従者として側に居た幼く純粋な姫君の心と魂はすでに死んでいるのだということを。

 今、己が付き従い、忠誠と愛情を捧げている人物は、決してレティシア姫では無いのだということを……。


 あの憎しみと怒りと、絶望の中で死んだレティシア姫の身体を持った別の人物こそが"我が君"。

 ……確かに、己はレティシア姫を大切に想っていた。

 しかし、それは我が君に向けているこの感情とは決して同じではない。

 レティシア姫が相手であったならば、此処まで苦しむことはなかったとレディウスは思う。


「……申し訳ありません、私はいつも貴女に救われていたというのに……。

 貴女を護ることすら出来ぬばかりか、私はいつも貴女に護られてばかりだ……。

 ……その上、貴女のお心を傷つけてしまった……。」


 レディウスは、もう一度魔女王と向き合うことを心に決める。

 遥か遠く離れた魔女王へと想いを向けて、レディウスは窓に背を向け走り出す。

 一刻も早く魔女王に会うために、割り振られた役目を終えるために……。



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