魔女王とすれ違った想い。
アーサーの屋敷より、己の王城にある自室へと戻った魔女王は思い悩んだ表情で寝台に腰掛けていた。
魔女王の心の中には、最後にアーサーより掛けられた言葉を聴いた時のレディウスの表情が浮かんでは消えていた。
「(……レディウスは、あの時嫉妬した表情を浮かべてはくれなかった。)」
普段は魔女王へと好意を込めた言葉や視線を向ける者達へ、嫉妬の炎を燃やすレディウス。
しかし、アーサーに声を掛けられた時の反応は違っていた。
それが、魔女王の心に小さな棘が刺さった様な痛みを与えていた。
「(私が、どんなに好意を示してもはっきりとした言葉は返してくれなかったけど……。)
(でも、ずっと嫉妬だけはしてくれていたのに……、どうして……、急に……。)」
……魔女王がいくら悩んでもその答えは出る事はなく、朝を迎えるのだった。
※※※※※※※※※※
「陛下、おはようございます。」
明くる朝、いつもの時間に魔女王を起こしに来たのはアイリスの不在時に限り魔女王付きの侍女となる者の一人である"エイミー"だった。
「……おはよう、エイミー。今日は珍しくレディウスは来ないのね?」
寝台の上に身体を起こし、いつもならば侍女と共に来るはずのレディウスの姿が無い事に疑問の声を上げてしまう。
「あ、はい、申し訳ありません。レディウス様は本日私用のため午後より来る事となっております。」
「……そうだったわね。」
「……あの陛下?」
「何でもないわ。早く着替えましょう。」
エイミーが、魔女王の言葉に従い動き始めるのを確認して、着替えるために全身鏡の前に立つ。
魔女王は鏡に映る自分が好きではなかった。
……何故ならば、鏡に映っているのは双黒の少女だからである。
想いを寄せる人物の隣りに立ったとしても、決して恋人同士には見えないであろう己の姿に魔女王は心に刺さった棘が大きくなった気がしたのだった。
着替えを終えて、いつもと違い侍女だけを連れて執務室へと向かう魔女王。
「……あれ?レディウス様……?」
後ろを歩いていた侍女エイミーの言葉に足を止めてしまう魔女王、エイミーへと振り向きその視線を追って窓の外へと視線を走らせれば、其処には冒険者の一人であるアリアを伴い城下街へを向かうレディウスの姿が有った。
「そういえば、最近あのお二人がよくお話をされているとお聞きします。もしかして、恋人同士なのでしょうか?」
見たくもなかった光景を見てしまった魔女王、けれど心の内を出す事もせずにきゃっきゃっとはしゃぐエイミーを置き去りに執務室へと歩みを再開するのだった。
……エイミーの溢した言葉は魔女王の心に刺さった棘を確実に大きくしてしまっていた。
「……我が君、如何がされました?」
ガチャリと扉を開けて中に入ってきた魔女王のいつもとは違う雰囲気を察したのは、先に執務室へ書類をもってきていたエドワードだけだった。
「……何でもないわ。エディ、それが今日の分かしら?ふふ、早く終わらせてしまいましょうねえ。」
「……そうですね、こちらが至急の分となります。」
最初は違和感を感じたものの、それ以外はいつもと変わらぬ笑みを浮かべる魔女王へ返事を返したエドワード。
だが、確かにエドワードは魔女王の変化を感じ取っていたのだった。
エドワードに宣言したように、午後までには主な書類を終わらせてしまった魔女王は、王城の一番高い塔の一室にある窓より眼下に広がる街並みを見つめていた。
魔女王が訳の分からぬまま、この世界へと生まれて約5年の月日がすでに過ぎ去ってしまった。
四方を未開の大地に囲まれるこの地に王国を築いた魔女王。
……彼女を悩ませるのは何時だって、たった一つの己の想いだった。
「こんな所にいらっしゃったのですか、我が君。」
「……レディウス……。」
どれ程の時間この窓辺で過ごしていたのか、すでに太陽は陰り夕焼け色に空は染まり始めていた。
「……何か急用かしら?」
ちらりと背後に立つレディウスへと視線を投げれば、余り表情を変えない彼が苦笑している事を雰囲気だけで察してしまう。
「……侍女より貴女の様子が可笑しかったと聞きましたので、私が勝手に探していただけです。」
「……そう、ならばもう用事は終わったわね。今日は少し一人にしてくれるかしら?」
眼下に広がる夕日で紅く染まった街並みを見つめ続ける魔女王へ、レディウスは言葉を続ける。
「懐かしいですね、今よりもなお幼かった貴女様は辛い事があるといつも一番高い塔の部屋から街並みを眺めていました。」
「……」
懐かしいそうに思い出を語り始めるレディウス。
「そして、あの頃の私は貴女の従者として姿が見えなくなった貴女を捜し回っていましたね。」
「……っ」
「あの頃の思い出は今でも私にとっては宝物で……」
「やめなさいっっ!!」
「っ?!」
思い出を懐かしそうに語るレディウスの言葉を遮るように声を荒げてしまう魔女王。
「……我が君っ」
「……っ、何でもないわ。急に大きな声を出してごめんなさいね。」
「ですが……」
「……本当に何でもないのよ。」
心配するレディウスの言葉を遮るように何でもないのだと笑顔を浮かべる魔女王。
「……そうね、この際だわ。ねえ、レディウス?教えてくれるかしら?
……どうして、あのアーサーが私に求婚紛いの言葉を掛けた時に嫉妬してくれなかったの?」
うっすらと笑みを浮かべ、魔女王はレディウスの真意を知ろうとする。
「……」
「ねえ、教えて。」
いつものように小首を傾げ、レディウスへと甘えるように言葉を続ける。
「……王族同士の婚儀の話に、一介の執事でしかない私が口を挟むべきでも、感情を出すべきでも無いと判断したからです。」
「あら、今更でしょう。何時だって、レディウスは私の事を……」
「だからこそなのです。」
魔女王の言葉を遮るようにレディウスは言葉を続ける。
「本来、貴女様は国主であり、次代の王を生む尊きお方。私が、側にいる事が許されるような方では無かったのです。」
「……何それ……。だったら、貴方は私が国のために他の男の元へと嫁いでも構わないの?」
「……それがこの国のためだと貴女様が判断されるのならば。」
レディウスの言葉に魔女王は両目を見開く。
「……そう、それが貴方の答えなのね、レディウス。
……分かったわ、今日より私も貴方の事は一介の執事として扱いましょう……。
……明日より、私の身の回りの世話は侍女に任せます。男の貴方に身の回りの世話など任せられないもの。」
唇を噛みしめて、両手をきつく握り締めながらも、レディウスの方へと振り返った彼女の表情は何かを喪ったかのように凍り付いた微笑を浮かべていた。
「……我が君……」
「付いてくる必要は無いわ。私、一人でも部屋には帰れるもの。」
魔女王は周囲が凍て付くような雰囲気を纏ったままレディウスの横を通り過ぎ、部屋の扉へと向かう。
「……私が、貴方の大切な幼い"レティシア"のままだったら……結果は違ったのでしょうね……」
「……我が君?」
部屋の扉を開けながら小さな声でぽつりと呟き、レディウスの目の前で扉は閉じられてしまったのだった。




