魔女王と誠の聖王の血筋を持つ者 後編。
「……我が君、……突然王座が欲しいかと問われて答えられる者は、少ないかと。」
「あら、そうなの?即決即断も王としての能力の一つだと思っていたのだけれど。」
「……確かに、必要ではありますが……」
驚きと困惑に包まれているアーサー達を置いてけぼりにして、二人の侵入者達は世間話をするかのように話を勝手に進めていた。
「……それ以前に、何処の誰かも分からない方の誘いに乗る者はいないと思うのですが……」
警戒は解かないものの、侵入者達の目的と身元でも分からないかと彼等の世間話に乗る形で会話をしてみる事にしたアーサー。
アーサーが時間を稼いでいるのだと理解している二人の側近達は、少しでも速く己達を拘束する拘束着より逃れる事が出来ないかと脱出を試み続ける。
「そうよねえ。私達は、例え罠だったとしても全部破壊して進めばいいと考えてしまうけど、外の人達は違うのよね。
ふふ、ごめんなさいね?私は、ミツキ・レティシア・フォン・ルシファート。
四方を未開の大地に囲まれたルシファート王国の女王、貴方達外の者は私の事を"魔女"と呼ぶわ。」
双黒の少女、魔女の言葉にアーサー達は驚愕に眼を見開いてしまう。
現聖王がどんな犠牲を払ってでも求める魔女が堂々と彼等の目の前にいるのだ。
「ふふ、驚くのは構わないけれど、私をあの糞王に渡そうとは考えない方が良いわ。そんな事をされたら私は悲しくて、国の一つや二つ簡単に滅ぼしてしまいそうだもの。」
「……は……ははは、滅相もありませんね。貴女の数々の武勇伝は愚かな私でも聞き及んでいます。
一夜にして、小国とはいえ貴女を害そうとした国々の王城を吹き飛ばし、強力無比なドラゴンすらも避けて通る最凶の"魔女"。」
「……あんまり嬉しくない噂の数々ねえ。アーサーだったかしら?時間稼ぎは必要ないから、私の質問に答えてくれる?」
艶然とした笑みを浮かべた魔女はアーサーへと選択を迫る。
「……魔女殿、外の国の者達は小心者なのですよ。
何故、魔女殿とも有ろう御方が私のような愚か者にそのようなお言葉を掛けて下さるのか分からなければ、恐ろしくてお答えできないのです。」
魔女へと言葉を返しながらもアーサーは、艶然と微笑みを浮かべる魔女より向けられた視線にまるで死に神の鎌を喉元に突きつけられているような心地だった。
「あら、そういうものなのかしら?んぅー、そうねえ、簡単に言うならあの糞王が鬱陶しくて、面倒臭くて、殺しても飽き足らないくらい嫌いだからかしら?
それに、最近は亜人の国の上層部?も嫌いなのよねえ……。いっそのこと纏めて掃除してしまいたいくらいよ。」
「……」
アーサー達は、魔女の言葉が理解できなかった。
魔女は嫌いだからという理由だけで、二つの国を滅ぼそうとしているのだ。
「……でもね、私は別にあの愚王達が嫌いなのであって、民はどうでもいいの。
だけど、大国であるこの聖王国が滅びれば戦乱が拡大して犠牲が多くなる事も分かっているから、王の首をすげ替えてしまえば良いと思ったのよ。」
「……それが、私なのですか?」
「ええ、あの愚王の血を引く者はいや。貴方も、愚王とは叔父と甥ではあるけれど、直接の繋がりは無いでしょう?性格もマシみたいだしね。
うふふ、理由は分かったでしょう?契約を私と交わせば後戻りは出来ないわ。
この契約は古代龍の魔力によって交わされるもの。破れば命が奪われてしまう契約。……どうするのかしら、アーサー?」
アーサーは目の前に差し出された選択肢を選ぶ事を魔女に求められていた。
「……ユーウェイン、トリスタン。」
アーサーは、決断を前に己の忠臣達の名を呼ぶ。
「アーサー様、我が生涯の主。私は、貴方がどんな道を選ぼうとも、最後までお供いたします。」
「我が生涯の主にして剣を捧げし方。私は貴方の道を切り開く剣であり、貴方を護る盾。我が忠義は変わりませぬ。」
拘束着によって立つ事も、跪く事も出来ない二人であったが、その忠誠心は本物であった。
「……すまぬ、礼を言う。ユーウェイン、トリスタン。」
アーサーは、これ程までの忠義を誓ってくれる臣下を得る事が出来た事を心より神に感謝した。
「魔女殿、例え悪魔に魂を売り渡す事になろうとも、他者に石を投げつけられる事になろうとも、私はこの国の民を護るっ!!
玉座を血で汚す事になろうと、私に愚王を討ち果たす力を与えて欲しいっっ!!!」
「うふふふふふふ、これで契約成立ね。よろしくね、未来の聖王国の国王、アーサー王。」
魔女は破れば命を奪う契約を交わした事に微笑みを深め、拘束着を消し去る。
二人の臣下は静かにアーサーへと跪くのだった。
魔女とアーサー達は応接間にある椅子に座り、お互いの親交を深めていた。
「さて、契約も無事に終わった所で一つ良い事を教えて上げるわ。
聖王国と亜人の国の戦争が起こると同時に、帝国が聖王国に向けて進軍を開始するわ。」
「誠ですかっっ?!」
アーサーとユーウェインは表情を歪め、トリスタンは驚きの声を上げてしまう。
帝国とは、聖王国に勝らぬとも劣らぬ力を持つ大国であった。
聖王国よりも北に位置する広大な砂漠を国土にもつ"リーナバット帝国"。
背後に立ったレディウスの給仕を受けながら、魔女は何でもない事のように言葉を続ける。
「そちらの騎士さん以外は、予想していたという顔ね。」
「……その可能性は高いと考えていましたから。代々の帝国の帝王達は領土の拡大と縮小を繰り返していました。今回の遠征に多くの兵力を裂こうとしている聖王国は格好の標的です。」
「……帝王とて、聖王国全てを落とせるとは思っていません。まずは領土の一部を削り取り、徐々に国力の低下した聖王国の領土を奪っていく心づもりでしょう。」
アーサーの言葉を受け継ぐようにユーウェインも考えを語った。
「その通りよ。結局のところ、聖王国は勝っても負けても国力は低下の一途を辿る。あれが王である限りね。帝国は、ただ待てばいいのよ。熟した果実が腐り落ちるのを待つように。」
未来は真っ暗ねえ、と面白そうに笑う魔女。
「……笑い事では無いのですが。」
「うふふふふ、当事者である貴方達にとってはそうでしょうねえ。
でも、大丈夫よ。私達の中で、帝国に挨拶をしたがっている子がいるの。
良い機会だから、挨拶に行かせる事にしたわ。その影響で数ヶ月単位で戦争どころでは無くなっちゃうでしょうねえ……。」
「心の底から思いますよ。……貴女の敵でなくて良かった、と。」
アーサー達は魔女の敵となった者達へと同情せずにはいられなかった。
「敵になった奴が悪いのよ。
ふふ、長居をしてしまったし、私はもう帰るわ。」
魔女は立ち上がり、アーサー達へと背を向けてバルコニーへと歩き出す。
「……魔女殿……」
その背中に向けてアーサーは声を掛けた。
「……私が聖王になった暁には、その隣りに座っては頂けませんか?」
「っっ、アーサー様っ?!」
「なっ、何を血迷った事をっっ?!」
アーサーの言葉に側近達は驚き、思い止まらせようとする。
「うふふ、あはははっ!!面白う事を言うのねえ?
……でもね、己で玉座も奪えぬ弱者が私の横に立とうなんて……、身の程を弁える事をお薦めするわ。」
笑い声を上げてゆっくりと振り向いた魔女の表情は笑みを浮かべていたが、決してその瞳は笑っていなかった。
「……申し訳ありません、冗談が過ぎましたね。」
「ふふ、面白い冗談をありがとう。
……もし、本気だったら殺している所よ。」
鋭い眼差しと、三人の背中に流れた冷や汗だけを残して、魔女は麗人と共に姿を消し去るのだった。




