閑話 魔女王の新しき国民達。
明けましておめでとうございます。
昨年は、皆様のおかげで無事に一年を終えることが出来ました。
今年も、精進して参りたいと思いますので、よろしくお願いします。
翁の転移魔法により、魔女の王国へと移住を希望した者達が王都の上空へとその姿を現す。
彼等は王都周辺に広がる広大な農耕地帯に、王都を中心として整備された道路に、……そして、人間と亜人など関係なく笑顔で挨拶を交わす住人達の姿に圧倒される。
「……此処が、魔女が治めし王国。」
ルシファート王国の王都の中央に位置する大広場に着地したギルバート率いる獣人達と、ランスロット率いるエルフの一族達は、聖王国よりも遥かに整えられた美しい街並みに驚愕していた。
「ギルバートっっ!ランスロットっっ!!
無事だったんだなっっ!!」
「二人とも良かった、一時はどうなることかと思ったわ。」
そんな一族の先頭に立つ二人に駆け寄るのは冒険者仲間のマルスとアリアだった。
「お前達も変わりな……く……」
「……マルス、その怪我は一体……?」
二人が驚いてしまったのも無理はなかった。
彼等の前に立つマルスは、全身治療はしていたが傷だらけだったのである。
「……聞くな。」
「……二人が旅立った後から、執事様と宰相様の稽古を受けているのだけれど……ね?」
「「……」」
アリアの言いにくそうに告げた言葉で二人は、理解できてしまった。
「……怪我は、大丈夫なのか?」
「はんっ、問題なんかねえよ!
……ただ、毎日のように稽古があるから治りきらねえだけだ。」
むすっとした表情で言葉を返すそんなマルスの背中に飛びつく人影があった。
「あら、だからいつも言っているじゃない?
貴方の怪我なら、ほんのすこーしだけ私の遊び相手を勤めてくれれば、すぐに治すって。」
「うわああぁぁっっっ!!」
気が付いていなかったマルスの背中に飛びつき、ついでとばかりに耳に息を吹きかけた双黒の少女。
「なっっ、何でお前が此処にいんだよっっ?!
女王っっ?!」
「あら?私の国の民になるのだもの。
私が直接会いに来ては行けなかったかしら?
ねえ、レディウスはどう思う?」
悲鳴を上げて飛び退いたマルスの反応にクスクスと楽しそうな笑い声を上げるのは、このルシファート王国の王である黒薔薇の魔女王だった。
「……なんの問題もございません。
ただ、一つだけ言わせて頂ければ、そろそろ身の程知らずの愚か者への躾を本格的にさせて頂きたい物ですね。」
レディウスは氷のように冷たい瞳でマルスを睨み付ける。
「……っっ」
そんなレディウスからの殺気を敏感に感じ取ったのか、修行での成果かマルスはすでに逃げの体制に入っていた。
「レディウス、それよりも先に新しい私の民に会いに行きましょう?
マルスへの稽古は後回しでも構わないでしょう?」
「我が君がそう仰るならば。」
レディウスの言葉に一旦危機が去ったことを感じ取ったのか、マルスは安堵のため息を付いた。
「……貴方達が、私の国に住む新しい民かしら?」
魔女王の姿を前に、エルフや獣人達の間に緊張が走る。
二つの一族を代表して、魔女王の言葉に応えたのはオババだった。
「お初にお目にかかりますじゃ。
わしは、獣人族を束ねる者で名をドリスと申しますじゃ。
この度は、御慈悲を賜り我ら一同、誠に感謝しております。」
「うふふ、構わないわ。
その代価は、彼等が払うもの。
貴方達が私の民となった以上は、私に牙を向けぬ限りその身の安全を約束するわ。
新たな大地に来て、分からないことも、足りないものも多いでしょう。
彼等冒険者達にでもいいから、必要なものが有れば言ってちょうだいね。」
「ありがとうございますじゃ。」
魔女王は艶然と微笑み、踵を返す。
「……ああ、そうだったわ。
獣人さんとエルフさん、貴方達が他にもあの国に残した心残りがあるならば、早めに回収することをお薦めするわ。
……もうすぐ、期限が来てしまうもの。」
魔女王の言葉に二人の表情が強張ってしまう。
「……それと、一族の躾けはしっかりとね。
特に、あんな族長をのさばらせてはダメじゃない?
……うふふ、今頃彼はエイベル様とやらの元に走っているわよ。
まあ、私に刃を向けるならば容赦はしないけれどね。」
言葉の途中から纏い始めた剣呑な空気を霧散させ、今度こそ魔女王は立ち去っていく。
「……恐ろしい御方じゃな。」
その後ろ姿を見つめ、ぽつりとオババが呟く。
「オババ……」
「分かっておる。
恐ろしいと同時に優しさも兼ね備えられていることも分かる。
裏切ることがなければ、我らは聖王国の刃を気にすることなく平和に暮らせるじゃろうな。」
オババは、亜人の国に未だ何も知らずに暮らしている多くの同胞達へと心を向ける。
「……ギルバートよ。」
「はい。」
「……身勝手な願いじゃと言うことも、難しい事をお主へと押しつけてしまっていることも分かっておる。
しかし、出来ることならば少しでも何も知らぬ同胞を助けてやって欲しいのじゃ。
……どうか、頼む。」
オババは、ギルバート達へと深々と頭を下げる。
「……オババ様、頭をお上げ下さい。
もとよりそのつもりです。
残された短い時間の中で出来るだけの事はしようと思っています。」
聖王国の行軍の足音は、すぐ其処まで迫っていたのだった。




