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最凶無比の魔女王は静穏を願う。  作者: ぶるどっく
黒薔薇の魔女王と忠誠を誓う者達。
34/55

アイリスと一族の悲劇。

いつも読んで頂きありがとうございます。

今回の話しの中に残酷な表現が含まれていますので、苦手な方は余り読まない方が良いかもしれないです。

どうかご注意下さい。


 それは朝日が昇ると同時に起こった突然の襲撃だった。

 亜人の国の中で聖王国よりは、帝国領の方が近い位置にあるマーズ湖畔の側にある集落を中心とした複数の小さな集落が圧倒的な暴力に晒されたのだ。



「(嘘よっ!なぜ、なぜ、こんな襲撃が起こるのっ?!)

 (お父様はっ、国は聖王国との戦は回避できたと言ってきたとっ!)

 (なのに何故、その矢先にこんな襲撃がっっ?!)」

 襲撃に晒される一族の集落の中を闘いながら、長である自分の父親がいるはずの建物を目指し駆け抜ける一人の女性、アイリスがいた。

 数日前に、亜人の国の上層部よりの定期連絡とは別の使者があり聖王国との緊張状態は緩和されたと連絡があった。

 近いうちに追加の詳しい情報を纏めた物が届く予定であるとの使者の言葉に、長である父親はすぐに対応できるように集落の広場にある小さな集会所の建物に籠もっている事が多かった。


 父親の安否を心配しながら駆け抜け、父親とともにいる数少ない戦士達と合流するために敵を少しでも倒しながらアイリスは駆けていく。


 そんなアイリスが目的地であった建物に到着して、一番始めに眼にしたのは変わり果てた姿の無残に殺された父親の遺体だった。


「……お父様……?

 いやああぁぁぁっっ!!お父様っ、おとうさまぁぁっっ!!!」


 父親の遺体の側には、抵抗して殺されたのであろう一族の戦士達の遺体も転がっていた。

 父親の遺体を前に叫び声を上げ、手に持っていた双剣を落とし呆然とするアイリスは背後から近づいて来る敵に気が付く事など出来ず、頭を殴られ囚われてしまうのだった……。




 気絶から意識を取り戻したアイリスを待っていたのは、貴族の奴隷としての毎日だった。

 その好色な貴族は、魔力を封じる首輪を付けられ、鎖に身動きを封じられた美しいアイリスの誇りを、心を、身体を傷つけ、犯す事に何よりの愉悦を感じるような腐りきった人間だった。


 アイリスの心は、敬愛する父親の死と、己と同じように貶められているだろう一族の者達への哀しみ、……そして何よりも、自分を貶める人間達への怒り、憎しみ、怨嗟の心で一杯だった。


 黒く心を染め上げ、全てに絶望し、世界を呪う事だけが腐りきった貴族の奴隷のコレクションの一つにされたアイリスが出来るたった一つの事だった。


 

 そんな日々にも、終わりはやってくる。

 それはアイリスの"死"ではなく、一人の双黒の幼い少女によってもたらされた。


「あら、死んだような壊れた眼をした人ばかりではないのね。

 貴女、御名前はなんて言うの?」


 シンプルなワンピースに身を包んだ双黒の少女は、その場に相応しくない可愛らしい笑顔を浮かべて無邪気に問いかける。

 新しい奴隷の一人なのかと思えば、魔力封じの首輪も、身を縛る鎖も無い少女に違和感を覚える。

 地下にある牢の中を真っ直ぐにアイリスへ向かって歩いてくる少女の後ろから慌ただしい複数の足音が聞こえてくる。

「っっ!いたぞっ、手間を掛けさせやがってっっ!!」

「はっ、自分から牢に来るとは手間が省けて良かったじゃねーか。」

「へへっっ、まったく馬鹿なガキだぜっ」

 気持ちの悪い笑みを浮かべた複数の人間達。

 この少女も結局は奴隷の仲間入りか、と感じていた違和感すら無くし、今まで通りアイリスは自分の黒く染まりきった思考に沈もうとする。

 

「濁声が五月蠅いわ。

 私は、このお姉さんと話してるのよ。

 静かにしなさい、糞どもが。」


 気持ちの悪い笑みを浮かべていた人間達の絶叫が木霊する。

 その声に驚き、再び視線を向ければ血の海の中に歪な形となった人間達が弱々しい声を上げている。


「お姉さん、綺麗な瞳をしているわ。

 でも、残念ね。私は、全てを呪うような、絶望した瞳よりも、心を黒い炎で燃やし尽くすように、生に執着した瞳の方が好きだわ。」


 アイリスの目の前にやって来た少女は、後ろの血の海など知らないように満面の笑みを浮かべる。


「……ねえ、お姉さん。

 貴女が誰かは知らないし、何故ここにいるかも興味は無いわ。

 でも、貴女が成し遂げたい事があるならば、力を貸しても良いとは思うくらいにその瞳は綺麗だと思うの。」


 アイリスの成し遂げたい事など一つしかなかった。

 一族に起こった悲劇の原因を突きとめ、聖王国のみならず、その者達にも報復すること。

 己達が味わった屈辱を、痛みを、苦しみを、倍以上にして叩き返すこと!

 

 世界に絶望し、死を受け入れ、諦め掛けていたアイリスの瞳に暗い炎が燃え上がる。

 その瞳を少女は、満足そうに眺めた後言い放つ。 


「選びなさい。その命を、私に捧げるか、私に背を向けるかを。

 どちらを選んでも許してあげる。

 でも、私にその命を捧げるというなら覚悟しなさい。

 私は、光り輝く栄光の道は選ばない。選ぶのは血と怨嗟にまみれた奈落へと続く茨の道よ。」


 絶望の中にいたアイリスには、それは救いの言葉に聞こえた。


「光も、栄光も、そんな物いらない。

 私は、私が望むのは生きて、生き抜いて、必ず奴らに報復することだけ。

 それ以外はいらないわっ!!

 貴女が例え魔物でも、魔王でも、構わないっっ!!

 私は、貴女に忠誠を誓います!

 だから、私をここから連れ出してっっ!!」


 アイリスの血を吐くような叫びに、双黒の少女は笑顔を深くする。

「その願いと忠誠、受け取ったわ。

 ……愉しい報復前の軽い運動よ。

 怪我も何もかも治して上げるから、私を奴隷にしようとしたこの館全ての愚か者の命を捧げてくれる?

 全ては、私のために……。」

「はい、仰せのままに我が君。」

 アイリスは、落ちていた剣を拾い上げると駆け出す。

 今までの囚われて過ごした無意味な時間を取り戻すように、嗤いながら魔力の籠めた刃で貴族の屋敷の者達の首をはねて行く。

 薄汚い貴族の豚が何か命乞いを叫んでいたようだが、アイリスには関係なかった。


 血に染まった身体のままで、血の海に佇みアイリスは惛い笑みを浮かべる。

 全ては己の一族の報復を果たすという宿願を思い出させてくれた、己の心を救ってくれた忠誠を捧げた双黒の少女のために……と。





「……多くの民を守るために、少ない人数を犠牲にする。

 上に立つ者ならば当然の判断というも者もいるでしょう。

 ならば、その判断を下した以上は切り捨てられた者達の怨嗟の念も背負う覚悟など出来ていたでしょう?

 それを精算する時が来ただけのこと。

 あの時、決断を知っていて止めなかったお前も同罪よ。

 私達の積もった憎しみを受け止めて下さるかしら?」


 アイリスは、元凶の内の一人を前に憎しみの籠もった瞳で嗤う。

 そんなアイリスを止めることができる者など、この場にはいなかった……。

 

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