ランスロットの交渉 動揺編。
翁の言葉を受け、躊躇うそぶりを見せるランスロットだったが、覚悟を決めたのか若き一族の戦士達に向き合い語り始める。
「……みんな、すまない。
だが、どうかまずは私の話しを聞いて欲しい。
そして、出来うるならば選び取って欲しい……。
この集落に住む者達の命が掛かっているんだ。」
『!!』
エルフの戦士達は、風の拘束から何とか逃れようとしていた身体の動きを止め、ランスロットに疑いと戸惑いの入り交じった眼差しを向ける。
そして、若い戦士達はお互いに目線を交わし逡巡していたが尊敬するランスロットの話をまずは聞くことにした。
ランスロットは語った。
今までの亜人の国からの魔女を捜索せよと言う困難な依頼に始まり、イエンソド大湿原で死にかけた事や、自分達を助けてくれた存在、即ち魔女と出会ったことを……。
「……私達を助けてくれたのは他でもない魔女だった。
私には、彼女への恩義がある。
……それに、もとより魔女を捉えることなど、どんなに屈強な冒険者のパーティーを組んだとしても不可能なんだ。
……あの危険な大地を超えて彼女の元に辿り着ける者がどれほどいるか……?
辿り着けたとしても疲労した満身創痍な身体で、危険な大地に生息する強力な魔物を弄ぶように倒すことが出来る魔女を生け捕ることができる者がいるとは思えない。」
ランスロットは、一旦言葉を句切る。
若き戦士達は、ランスロットさえも敵わなかった魔物を簡単に倒せるという魔女の存在が信じられなかった。
「戦士達よ、今この国は大きな戦火に見舞われようとしている。」
『……。』
「魔女こと、魔女王陛下は己に忠誠を誓う者を、魔女王陛下の国へ移住を希望するという者を受け入れると許可を下さった。
……故郷を捨てることになったとしても、魔女王の国へ移住すれば多くの戦う力のない者を守ることが出来る。」
だから、と続けようとしたランスロットの言葉を遮る者がいた。
「でゃましゃれるなあぁっっ(だまされるな)!!
そりぇは、うらぎりものじゃあっ!!」
重圧を伴った風に締め上げられている族長だった。
……戦士達は、戸惑ってしまう。
今まで信じていた族長の言葉と、尊敬している一族の戦士の先輩とも言えるランスロットの二人の反する意見のどちらが正しいのかを判断することが出来ないでいたのだ。
そんなエルフ達の姿に一人の人物が静かに口を開く。
「……裏切り者はどっちかしらね?」
凍てつくような眼差しの中に、何処までも暗く冷たい炎を宿したアイリスだった。
アイリスは、冷たい炎を宿した瞳をそのままに族長へとゆっくりと近づいて行く。
「あなたさっき言いましたわよね?
"何処の一族の者だ"と……。」
冷淡な微笑みを浮かべながらアイリスは、己の腰に下げていた一降りの短剣を族長の目の前にかざす。
「お久しぶりですわね?
最も、お前は私達の事など記憶の片隅にも覚えていないのでしょうね。」
「にゃにを……」
冷淡な微笑みさえも消し去り、暗く冷たい憎しみの炎を燃え上がらせアイリスは一族の短剣を強く握りしめる。
「私は、お前達亜人の国が聖王国への生け贄として、裏切り、切り捨てた血族の少ない少数派一族の生き残りっ!!
嘗てっ、亜人の国にあるマーズ湖畔の側に住んでいたエルフの一族、エストレーヤの一人よっ!!」
族長は、アイリスの憎悪の籠もった叫び声に、短剣に刻まれた一族の紋章と言い放った一族の名前に思い出したのか、信じられない者を見たかのように両目を見開き震え始めた。
「わ、わしゃあ、にゃにもしりゃんっっ!
にゃにもしとりゃんっっ!!」
「族長?」
「族長、一体どうしたのですか?」
「エストレーヤ……?」
その尋常ではない族長の様子にランスロットやギルバートだけでなく、若いエルフの戦士達も戸惑い、疑問の声を上げる。
「アイリス殿、生け贄とは一体……?」
族長に聞いても無駄だと悟ったのか、ランスロットが代表してアイリスへと質問を投げかける。
エルフの戦士達の視線もアイリスへと向かっていた。
「……やはり、貴方達若い方々には知らされていませんでしたのね。
良いですわ、話して差し上げましょう……。
この下衆どもが一体何をしたのか。」
「やっやめっ、ふぐっ」
アイリスが語ることを止めさせようとする族長を翁が止める。
「……いい加減、若い者に席を譲るべきじゃったのじゃ。
腐りきったそなた達なんぞ、老害以外の何者でも無いのじゃからな。」
翁は、アイリスへ心配げな視線を送る。
アイリスはそんな翁の視線に感謝するように淡い微笑みを浮かべる。
ランスロット達へ向き直ったアイリスの顔にその淡い微笑みはすでに無かった。
アイリスは語り出す。
己の過去を、己の一族に起きた悲劇を……、そして魔女王との出会いを……。
その美しい翡翠の瞳を憎悪の炎で染め上げながら……、痛みを耐えるように語るのだった。




