ランスロットの交渉 破綻編。
「うふふふふ、ご免遊ばせ。
余りに愚かすぎる会話に、つい、苛立ちを隠すことが出来ませんでしたわ。」
族長の己の主を害する言葉の数々に、静かにぶち切れたアイリスは得意の風魔法を族長宅の天井に向けて発動させたのである。
「なっ、貴様っ!
何をしたのか分かっておるのかっ!!」
「アイリス殿っっ!」
族長とランスロットの声など何処吹く風とばかりに、普段の淑女然とした態度が嘘のように鼻で笑い飛ばすアイリス。
「ほっほっほっ、駄目ではないかアイリスよ。」
「……翁殿。」
翁のアイリスを諫めるような言葉を聴いて、ランスロットとギルバードは安堵しかける。
「やるならば、ほれ。
あの下郎も共に弾き飛ばしてしまえば良かったのじゃ。」
「そうですわね、翁様。次は、そうしますわ。」
翁の言葉にランスロットとギルバードは思わず力が抜けてしまいそうになる。
「貴様っ!
何処の一族の者だっっ!
代々国の指導者を輩出してきた一族の族長たる我に楯突くとは、この亜人の国へ反旗を翻すと同じことっっ!!」
唾を飛ばしそうな勢いで、興奮したように喚き散らす族長をアイリスと翁は害虫を見るような眼差しで見つめる。
「……そなたの言う言葉が誠であれば、今すぐ儂らも対応せねばなるまいな。」
いっそ国ごと、焼き滅ぼすべきかのうと小さく呟いた声は、ギルバートとランスロットにしか聞こえる事は無かった。
「翁殿っ、待って頂きたい!!」
「翁殿っ!
まだ、話は終わっていませんっっ!!」
翁の言葉に対するランスロットやギルバートの反応が理解できないのか、それとも己に都合がよいように受け取っているのか族長はニヤニヤと笑い始める。
「ふんっ、儂に対し深く頭を下げて許しを請うならば、許してやらぬ事は無いがな。」
複数の戦士達の足音も徐々に族長の家に近づいてきており、族長は己の優位を疑うことはなかった。
……それは砂上の楼閣よりも脆いものだとは気が付かずに……。
ドグオォッッコォォッッ!!
「ぺぎゅるっっ!!!」
族長の家の屋根が突然吹き飛んだことを受けて、駆けつけたエルフの戦士達の眼に映ったのは、悲鳴を上げて錐揉みしながら吹き飛ばされる族長の姿だった。
「お前達如きに名乗るのも勿体ないですが、名乗って差し上げますわ。
私は、偉大なる黒薔薇の魔女王様にお仕えせし、魔女王様の侍女、アイリス!」
「ふむ、勿体ないのう。
じゃが、仕方有るまいて。
同じく偉大なる黒薔薇の魔女王様にお仕えせし、魔女王様の相談役、翁じゃ。」
胸を張り、名乗りを上げる二人に対し、ランスロットは部屋の隅で項垂れてしまっていた……。
二人の名乗りに一瞬怯みそうになるエルフの戦士達だったが、族長を攻撃した存在である以上は一旦身柄を拘束しようと動き出す。
「待って欲しい、エルフの戦士達よっ。
彼等に刃を向けてはならぬっっ!」
ギルバートの声で、項垂れている場合ではなかったと己を取り戻したランスロットもまた声を張り上げる。
「皆っ、どうか頼むっ!
話しを聞いて欲しいっっ!!」
「ぢゃまれええっっ(黙れ)!
おりゃれっ、きょけにしぇおってかりゃにっっ(おのれ、虚仮にしおってからに)!!」
エルフの戦士の何人かに介抱されて、意識を取り戻した族長はアイリスの一撃により折れた歯のせいで、しっかりとした発音は出来なかったが、怒鳴り声を上げる。
「あやちゅらをっ、つきゃまえりょ(あやつらを、捕まえろ)!!
きょろしてもかみゃわんっっ(殺しても構わん)!!」
族長の言葉に、戸惑いながらもエルフの戦士達は動き出す。
「ランスロットさん、どうして……?」
「なぜだっ、ランスロットさん?!」
「くっ、抵抗しないで下さい!
一旦身柄だけでも拘束を……」
集落の仲間であり、尊敬するランスロットへ剣を向けることを躊躇ってしまう戦士達。
若い戦士達のとって、ランスロットは憧れの存在だった。
そんな彼の族長に逆らう行動が理解できず、目の前にいるランスロットに理由を問いかけたいと思うものの、族長の命令には従わなければならぬ彼等にはその時間を与えられる事は無かった。
誰しもが争う以外に道は無いのかと、諦め掛けた中で翁は場違いな普段通りの笑い声を響かせる。
「ほっほっほっ、話し合いの代表に愚か者を選ぶからこうなるのじゃよ。
話し合いというのはの、ちゃんと双方の言葉を聴こうとして初めて成り立つもの。
ならばこそ、今一度相手を変えてやってみるが良かろう。
……少なくとも、その若者達の方がマシな頭をしてそうじゃからの。」
翁の言葉と共に一陣の風が走り抜ける。
その魔力を纏った風は集落の隅々にまで、行き渡った。
そして、目の前まで迫っていた彼等の身体は風の拘束により自由を奪われるのだった。
……ただし、族長だけは万力で締め上げられるような重圧を伴ったものであったが。




