ギルバートの交渉 オババ編。
アビス大山脈に連なる数多の山々の中で、亜人の国の一部とされている他に比べれば小さな山がある。
アビス大山脈への入り口と言ってしまうには過言になってしまうほどの弱い魔物しか生息していない、その小さな山。
しかし、それはルシファート王国の幹部達にとっての話しであり、其処に生息する魔物も一般的な民にとっては十分に脅威と言えた。
そんな山の麓に小さな集落があった。
集落の中には獣人達の姿が見て取れ、畑を耕し、山にすむ動物たちを狩るなどして穏やかに暮らしていた。
その集落の入り口に、大きな体躯の冒険者の男を筆頭に数人の人影が訪れた。
入り口に門番役として立っていた犬獣人の男性と猫獣人の女性は、最初は訝しげな顔をしていたがその大きな体躯の持ち主が誰か理解すると歓喜の声を上げ歓迎する。
「ギルの兄貴っっ!!無事だったんすねっっ!!」
「おーいっっ!!ギルの兄貴のお帰りでさあっ!!」
二人の声を聞きつけ、家々の中から人が顔を出し始めた。
そんな喜びに沸く人々を尻目にギルバートは急いで、この集落の長である長老へ面会する算段を付けようとする。
「ギオ、コレット、我には時間がないのだ。
急ぎ、ユリスを呼んで貰えぬか?
長老へのつなぎを大至急取って欲しいのだ。」
「へい、おばば様っすか?
わかりやした、すぐにユリスさんに声をかけやす。」
ギルの言葉を受けて、犬の獣人であるギオは目標の人物目掛けて走り出したのだった。
「よく帰ってきた、ギルバートよ。」
すぐに長老の家に案内されたギルバート達を出迎えたのは、小柄な獣人の老婆と側に控える獣人の女性だった。
老婆、長老は白く長い髪を顔をの両サイドで束ねて纏め、目元は前髪で覆い隠されているため瞳を見る事は叶わず、身の丈以上の杖を手に持っている。
長老の側には、毛先に行く程白くなっている黒く長い髪を緩く纏め、穏やかな雰囲気を纏った牛の獣人の女性、ユリスが付き従っている。
「そなたがイエンソド大湿原に旅立ち、集落への最後の手紙を出して一ヶ月、消息を絶ってからは半月あまりが過ぎ去っておった
正直……、このオババも諦めかけておったよ。
無事な姿を見る事が出来て、安心したぞ。」
その言葉と共に、ギルバート達は座るように促される。
ギルバートが長老こと、オババの目の前に座り、他の者達は後ろに控えるように座る。
「……それでランスロット殿はともかく、そなたの後ろにいる二人はどなたかの?
少なくとも、……ただ者ではなさそうじゃのう。」
オババは、後ろに控えるアイリスと翁が並の相手どころではない力量の持ち主である事に気が付いていた。
「……オババ様、我は貴女に話さねばならぬ事がある。
長い話になるやもしれぬ。
しかし、一族の存亡に関わる話しなのだ。」
「……聞こう。」
「ことの始まりは、およそ一月前に遡る。
聖王国からの圧力に耐えきれなくなりそうだった亜人の国は、争いを回避するために一人の人物を探していた。
オババ様も知っているように、その人物を捜すために我らは亜人の国の依頼を受けイエンソド大湿原へ足を踏み入れた。」
ギルバートは、オババへイエンソド大湿原で死にかけた事や、ギルバート達を助けてくれた存在がいたことを語った。
「……ふむ。
そのお主らを助けた御仁は、そなたの後ろにいらっしゃるお二人に関係する人物か。
……ギルバートよ、その御仁の名は何というのじゃ?」
「……我らが探し求めていた"魔女"だ。」
ギルバートの語ったこれまでの出来事を静かに聴いたオババは、彼等冒険者を助けたという人物をギルバートへ尋ねる。
帰ってきたのは、オババ達ですら驚かずにはいられない人物だった。
魔女との約束では、亜人の国を含めて国の上層部へは決して口外しない事も条件の一つにあったため、ギルバートはランスロットの提案で事前にオババへ女王の事を伝えて良いか確認していたのである。
「ギルバート、ほんとうなの?」
今まで静かにオババの後ろに控えていた、ユリスが驚愕した表情でギルバートに問いかける。
「……我は、偽りなど口にせぬ。」
「……なんとまあ、この年になってここまで驚く事に出会うとは思わなんだ。
では、後ろに控えているお二人は魔女殿の……?」
驚きながらも、態度に出す事はせずにオババはアイリスと翁へ問いかける。
「うむ、儂らはそなた達が魔女と呼ぶ方に忠誠を誓う者じゃよ。」
「……今回、我が君は彼等の身勝手な願いを叶える事を決められた。
私達は、この者達が約束を破らぬか見届けに来たまで。」
オババの問いかけに、いつも通りの飄々とした態度で答える翁とは対照的にアイリスは冷たい表情を崩すことなく告げる。
「そうか、……そうじゃったのか。」
「オババ様、どうか決断をして頂きたいっ!
魔女こと、魔女王陛下は忠誠を誓い、魔女王陛下の国へ移住を希望する者を受け入れると許可して下さっている。
このまま、この国にいる事を選べば遠くない未来に戦火に巻き込まれる事になるやもしれん。」
ギルバートの訴えに、オババは熟考するように黙り込んでしまう。
「オババ様っ!」
「ギルバートっ!
国を捨てる選択など、簡単にできる物ではないよ。
少し時間を貰えないの?」
急かすようなギルバートの言動に、たまらずユリスが待ったを掛ける。
「……良い、ユリス。
オババの意志は固まった。
ギルバートよ、我らこの集落に住む獣人族は魔女王陛下の国へ移住する事を希望する。」
『!!』
オババの言葉を受けてギルバートは安堵の表情を浮かべ、逆にユリスは戸惑ったような複雑な表情を浮かべてしまう。
そんなユリスを横目に見て、オババは言葉を続ける。
「魔女王陛下の噂は耳にしておるよ。
人間もだが、特に獣人やエルフの奴隷にされてしまった者達を助けていると言う噂をのう……。」
「!」
オババの言葉にアイリスは、微かに反応する。
その反応を見て、オババは何かを確信したのか悲しみや苦しみが入り交じったような複雑な色を隠れた瞳の中で浮かべる。
「……我らもまた、このまま争いが始まれば亜人の国の上層部にいる者達にとっての体の良い駒にされるじゃろうな。
そんな者達の良いようにされるくらいならば、新たな国で一族の皆に幸せになって欲しいと思うのじゃよ。」
「オババ様……。」
「ユリスよ、苦労する事も多いじゃろうが、欲ボケした輩の起こす戦渦に巻き込まれるよりはましじゃ。」
オババの言葉にユリスも戸惑ったような複雑な表情を消し、決意の籠もった表情となる。
「魔女王陛下に忠誠を誓うお方、どうかわしらを陛下の国の民として頂きたい。
よろしくお願いしますじゃ。」
オババは翁とアイリスに向かって深々と頭を下げる。
「ほっほっほっ、安心されると宜しかろう。
我が君は、忠誠を誓う者には寛大なお方じゃ。
我が君の国の民になったからには、何があっても見捨てることなく守ろうとされるじゃろう。
同じ我が君の国の民として、これからはよろしくお願いしますの。」
翁の了承の言葉を受けて、ギルバートは一つ目の交渉がうまくいった事に安堵のため息を付くのだった。




