とある冒険者達の事情 思案編。
王城内にある魔女王のこだわりが詰まった大浴場を出ると、目の前には休憩スペースがある。ゆっくりと身体を伸ばせる大きなソファに、女性にしては大柄なその身体を預けながらナギは口を開いた。
「んでさあ、お前さんらはこれからどうするつもりなんだ?」
「・・・わからぬ。」
その言葉に応えるのは、同じくナギよりもなお大柄なその身体を別のソファへ預ける冒険者のリーダー、ギルバートであった。
それぞれが大浴場にて、大湿原の泥を落としさっぱりとした顔をしている。冒険者の一人で気絶していたアリアも眼を醒まし、数日ぶりの風呂に歓声を上げていた。
「・・・つーか、三人はともかく俺の処遇は決まってんだろうが。」
「魔女に気に入られていたからな。」
拗ねたように唇を尖らせる冒険者の一人であり、魔女王に一番気にいられているマルスに答えを返すのは、同じく冒険者の一人であるランスロットだった。
「あら、我が君に気に入られたことが不満なのですか?」
優しげな微笑みを浮かべながらも、瞳は全く笑っていない魔女王の専属侍女のアイリスが尋ねる。
「不満というか、急な話に戸惑ってんだよ!」
「あたしは気絶してたし、会ってないから分かんないけど、何でマルスは気に入られたの?」
アイリスの言葉を否定するマルスに対し、アリアは疑問を投げ掛ける。
「ああ、それは単純に性格が好みだったんだろ?
お前、おちょくりがいが有りそうだしな。」
「そこかよ!」
魔女王の性格を思い浮かべながら答えたナギに、思わず突っ込みを入れてしまうマルス。そんなマルスを遮るように、話題を変えた者がいた。
「・・・おちょくりがいがマルスに有るかは置いておくにしても、問題は亜人の国のことがある」
「おい、こら待て!いらん一言から話題を変えんじゃねえ!」
「む、すまぬ。では、おちょくりがいが有ると言うことを認めて話題を変えようと思う。」
「・・・もういい。」
「うむ。」
ギルバートの言葉にマルスは項垂れてしまう。そのやり取りに、アリアとランスロットは苦笑を溢し、ギルバートだけが満足そうに頷く。
「(天然かしら?)」
「(天然だな。)」
そして、アイリスとナギはギルバートの性格を冷静に分析するのだった。
「我らは、亜人の国の依頼によって動いていた。
しかし、すでに仲間を一人失い、我らの実力ではこの国を出て無事に他国へたどり着く可能性は限りなくゼロに近いだろう。」
「しかし、このまま私達が戻ることがなければどうなるか・・・。」
「あたし達以上の実力のある冒険者に依頼を出すか、もしくは・・・数に頼るかでしょうね。」
難しい顔をして話し始めた冒険者達に対して、冷たい光りを瞳に宿したアイリスが問いかける。
「・・・貴方達のいう"魔女"を見つけたとして、貴方達の依頼者はどうするおつもりだったのですか?」
『っっ!!』
アイリスの言葉に対し、冒険者達はすぐに答えを返すことは出来なかった。何故ならば、彼らにも分かっていたからだ。亜人の国が"魔女"をどうするかなど・・・。
「聖王国に生け贄のように差し出すか、身柄と引き替えに交換条件を持ちだすだろうな。」
『マルスっっ!!』
他の冒険者達が明言を避けるなか、マルスの率直な言葉に他の冒険者達は思わず声を荒げてしまう。
「へえ、お前って正直な奴だなあ!」
「けっ、ありがとーよ。
つーか、何処の国だって上の奴のすることなんざ、たいした違いなんてねーだろ。」
マルスの正直な言葉になナギは感心したように声を掛け、マルスは悪態をつくようにナギの言葉に返事を返す。
「・・・マルスの言葉は、確かに否定できん。」
「・・・マルスの意見は確かに可能性は高いと思うが、あの国の出身である以上は見殺しにも出来ない。」
亜人の国の出身であるギルバートとランスロットは、表情に苦悩を滲ませる。しかし、その二人を冷淡な口調でに切り捨てた者がいた。
「・・・くだらないですわ。
私も亜人の国の出身ではありますが、あの国が何を私達にしてくれますか?
売られていって奴隷とされた同胞を助ける訳でもなく、下衆どもより守ろうとする訳でもない。
・・・民を守らぬ国になど何の価値もありませんわ。」
美しい翠の双眸に冷たい怒りの炎を燃やし、アイリスは躊躇無く冷酷な言葉を吐き捨てる。
「我が君を生け贄にして生きながらえようなどと考える愚か者どもなど、許せるはずがありませんわ。
・・・そのような国など、滅んでしまえばいいのです。」
アイリスの静かだが、燃え上がるような怒りに冒険者達は気圧される。そんな中で、アイリスに声を掛けられる者など、この場には一人しかいなかった。
「・・・アイリス、気持ちは分かるけど、こいつらに言ってもしょうがねえだろ?
まあ、あたいも亜人の国も聖王国も嫌いだけどよ。
でも、あの過去があったから我が君に出会えて、側にいられるんだからなあ・・・。
あたいは、割り切ってるぜ。」
「・・・もう、ナギは単純なんですわ。
まあ、我が君に会えたことだけは、確かに感謝して差し上げても構いませんわね。」
ナギの言葉でアイリスの雰囲気が緩み、冒険者達は気が付かぬうちに止めていた息を吐き出す。
「・・・本当に、魔女の事が大切なのだな。」
「当然だな!」「当たり前ですわ!」
ギルバートの言葉に二人は満面の笑顔で言葉を返すのだった。
ナギとアイリスが席を外した後も、冒険者達は話し合いを続けた。しかし、一向に名案が思い浮かぶことはなく時間だけが過ぎ去っていった。彼らにとって、"魔女"は命の恩人である。そんな人物を生け贄にされると分かっていて、亜人の国に差し出すことも出来ず、それ以前に彼らには国に無事に帰る手段すらも無い。
八方塞がりのなか、一つの手段を思いついた男がいた。
「なあ、こういうのはどうだ?」
おちょくりがいのある男、魔女王のお気に入り、冒険者のマルスだった。
「・・・正気か?」
「お前と言う奴はなんと言うことを思いつくんだっ!」
「・・・でも、言ってみる価値は無いかしら?
少なくとも、何もしないよりは・・・。」
マルスの提案を聴いた冒険者達は、それぞれに呆れたり、驚いたりと反応は様々であったが最後には全員がマルスの提案に賛成した。彼らは、これより魔女王へ一つの勝負を挑む事とした。
彼らが魔女王に挑んだ賭けがどうなるかは、今はまだ誰にも分からないのだった。




