魔女王様とずるいひと。
「お帰りなさいませ、我が君。
とても、ご機嫌が宜しいようで何よりです。」
城内より中庭へ現れたのは、氷のように冷たい美貌に一片の感情も乗せることもなく、冷気を発するレディウスだった。
「あら、ただいま。
レディウス、冷気を背負ってどうしたの?」
「・・・・。」
私の言葉にますます背負っていた冷気を強くするレディウス。
冷気を背負ったレディウスに対する私の態度を見ていた三人が、小声でこそこそと何かを話し始める。
「(おいおい、我が君やばいだろうっ!)
(執事の旦那、ぜってえ怒ってるってっ!)」
「(そうですわね。レディウスさん、・・・嫉妬でしょうか?)」
「(・・・我が君は、剛胆な方なのだな。)」
「(剛胆と言うよりは、我が君の場合はレディウスさんが自分の事で困ったり、怒っているのが嬉しいのでしょう。)」
「(あり得るよなあ、我が君は執事の旦那のこと大好きだしなあ。)」
「(でもすれ違ってるのですわ。)
(レディウスさんの方が煮え切らなくて決定打を示さないから、業を煮やした我が君の方が攻めると逃げ気味になってしまいますもの。)」
「(・・・我が君の攻める姿が、恐ろしいのではないのか?)」
「(我が君は綺麗なんだけどなあ、やっぱ男は攻められると逃げちまうんだよな。)」
「(ナギも我慢できずに攻めてしまう方ですものね。)」
・・・ひそひそと話しているつもりかしらねえ?
ばっちりと聞こえているんだけれど。
「・・・其処の3人、聞こえているんだけど。
あとで、ゆうっくりとお話しする必要があるのかしらねえ?」
「・・・我が君、すぐに客人の部屋を用意してきますので御前を失礼いたしますわ。」
「あー、あたいも風呂に入ってくる!
ほらっ!其処の冒険者ども行くぞっ、急げ!」
「己も将軍と同じく。」
私の言葉にビクリと反応した三人は、それぞれに急用を思い出したとばかりに足早に去っていった。そして、この場には私とレディウスだけが取り残されたのである。
「・・・まったくもう、あの子達は本当に一度しっかり話しをすべきなのかしら。」
「その前に我が君、私としっかりと話しをしませんか?」
「あら、とうとう私にはっきりとした愛の告白をしてくれる気になったのかしら?」
「冗談が過ぎますね、我が君。」
「・・・冗談ではないのだけれどね。」
ぼそりと小声で呟いた最後の一言は、レディウスには届くことはなかった。
・・・私のこと多分好きなはずなのに、この男はどうしてはっきりと意志を示してくれないのかしらね?不服なことに傲岸不遜、天上天下唯我独尊と言われるこの私だけど、・・・好きな人にははっきりと言葉にして欲しいと思うものよ。その瞳で、態度で私への好意だけは隠しもせずに示しても、決定的な言葉をくれようとはしない。ほんとうに、・・・貴方は酷い人ね、レディウス。
「それで、貴方は何を怒っているのかしら?」
場所を移動してここは私の私室。私好みの家具がそろえられたこの部屋にある、お気に入りの一人がけのソファに身体をゆっくりと預ける。
「・・・お解りになりませんか?」
「ぜーんぜん。」
「・・・はあ。」
そうねえ、うふふ。色々、心当たりがありすぎて困っちゃうわ。
「いろいろ面倒になって、ゴーレムを大量に投入して畑の世話をさせていることかしら?
それとも、人手が欲しくて翁と一緒に外の国々から孤児を大量に拾ってきた事かしら?
あとは、サラサを手伝って彼女のお気に入りコレクションを作る手伝いをしたことかしら?
えーっと、他には・・・。」
「もう、結構ですっっ!
我が君、貴女という方は私の知らない所でそんな事をされていたんですか・・・。
前者二つは構いませんが、最後の一つはその犠牲者があまりに憐れでなりません・・・。」
私が最近レディウスが怒りそうな実行したことを上げていけば、レディウスったらどんどん呆れたような雰囲気を纏い始めちゃったわ。
まあ、サラサのコレクションに関しては確かに被害者の末路?を想像すれば可哀想とは私だって思うのよ?朝も昼も関係なく彼女ったら責めまくるんだもの。標的にはされたくないとすっごく思うわ。だけど、サラサのコレクションが無くなって困るのはレディウス達じゃ無いかしら?
「・・・でも、コレクションがなければ毎日のようにサラサはここに来ると思うけど?」
「・・・前言撤回します。
我が国以外の関係ない所で活動される分には、好きなだけ活動されると良いと思います。
ええ、決して私の・・・、この国以外で活動されるならば存分にされると良いでしょう。
・・・こちらに向けた興味をなくす程に!」
無表情な中にも、何処か悲壮感と必死な思いが漂い、こちらに伝わってくるわね。
「・・・レディウスも我が身が可愛いのね。」
「当たり前でしょう・・・。
我が君もあの方に一度迫られてみれば私達の気持ちが分かります。
・・・それよりも、話しを変えようとされていませんか、我が君?」
「ばれちゃった?」
「当たり前です。」
話題を変えてみようとしたことがばれちゃったわ。
ふふ、別に怒られたりするのは構わないけどねえ。静かな怒りで冷たい表情をするレディウスも、私好きなのよ。だって、美人が怒ると迫力が増して素敵じゃない?
「私が何故怒っているかもお解りなのでしょう?」
「そうね、レディウスに何も言わずに大湿原に飛び出したことかしら?
あとは、他国の依頼を受けて行動していた冒険者を引き入れたこともかしらねえ?」
「冒険者など我が君の意志ならば異論は唱えません!
そんな事よりも、危険な大湿原へ行ったことです!!」
「大湿原に勝手に行ったことは謝るわ。
でも、私にとってはあんな場所危険でも何でもないわ。」
確かにレディウス達にとっては危険かもしれないけど、私から見たらあんな場所は散歩道レベルよ?
景色は綺麗じゃないし、楽しくないから散歩しようとは思わないけど。
「我が君の実力は存じています。
ですが、万が一と言うこともあります。
たとえ、将軍達を連れていたとしても心配なのです。
まして・・・、私の知らぬところで我が君が危険に晒されているなど・・・、耐えられぬのです。」
・・・本当にずるいわよねえ。
悲壮感を漂わせて、私がいなければ生きていけないのだという雰囲気だけは、しっかりと示してみせる。好きな人にそんな事言われたら、どんな女だって嬉しく思わない訳がないわ。
あーあ、もう。・・・ほんとうに、可愛くて、格好いい、誰よりもずるいひと。
「・・・わかったわよ。
出来るだけ、今度から行き先だけは教えるわ。連れて行くかは別だけどね。」
「はい、それで構いません。
ありがとうございます、我が君。」
私の言葉に悲壮感を消し去り、美しい微笑を浮かべるレディウス。
「・・・でも、怒っていた理由はもう一つあるでしょう?」
「・・・我が君?」
「私が冒険者の一人を気に入ってたことに、側にいた事が一番嫌だったのでしょう?
冒険者に、マルスに嫉妬したのかしら?
ねえ、・・・教えて、レディウス?」
「な、何を言っているのか、私には・・・。」
レディウスは望んだ結果を私から勝ち取ることが出来た事に微笑を浮かべている姿を見ていると、困らせてしまいたいという意地悪な心が頭をもたげる。その心のままに、言葉を紡げばレディウスは無表情な顔に困惑と羞恥の感情を浮かべ、頬を赤く染め上げる。
「安心して良いわよ?
少なくとも、彼は興味を惹かれただけ。
私の一番は変わらずに貴方の、レディウスのままよ。」
「・・・、我が君。
どうか後生ですので、見ないで頂きたいです・・・。」
とどめを刺すように好意を示す言葉を投げかければ、耳や首筋まで赤く染め上げるレディウス。私に見られたくないのか、一生懸命に顔を背ける姿はとっても可愛らしかったとだけ言っておこうと思う。
・・・いつか絶対、そんなレディウスの姿の数々を永久保存が出来るようにカメラを開発してやると心に固く私は誓うのだった。




