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最凶無比の魔女王は静穏を願う。  作者: ぶるどっく
黒薔薇の魔女王は静かに力を蓄える。
18/55

魔女王様と深紅の密偵。


 冒険者達がイエンソド大湿原に足を踏み入れ、絶望に心が染まり始める"今"より、しばし時は遡る。 


「ふうん、あんまり待遇は良くないのねえ。」

 女王の執務室にその部屋の主の声が響く。この部屋の中にいるのは、宰相の青年と獣人の将軍、エルフの侍女、そして"元"帝国の密偵の男だった。

「我が君、外の国において密偵の扱いなど人に対する物ではありません。

 たとえ、命を掛けて命令を遂行したとしても表舞台に立つ事はなく、影でその一生を終えます。

 そのように、死ねる事も希でしょう。貴族にとって、道具でしか彼らは無いのですから。」

「・・・そうだよな。

 この国に居ると忘れちまいそうになるが亜人に対する扱いと同じくれえ酷いもんがあるからなあ。」

「・・・何処の国でも密偵の立場は変わりはしない。」

 エディとナギの言葉にロキは当然だろうとばかりに返しているけれどねえ・・・。

 私からみれば、密偵って特殊技能を持つすっごく有能な職種だと思うんだけど、違うのかしら?

 これが、世界のイメージの壁という奴なんでしょうねえ。だって、忍者とか暗殺者とかって、なんか格好良くない?こう、ダークヒーローって感じでね。私は、そういう物語も好きだったから、あんまり嫌悪感とかは無いのよねえ。

 まあ、私を狙ったら容赦しないけど。でも、そうね。意識改革が必要だわ。


「我が君、どうかなさいましたか? 考え込んでいらっしゃるようですわ。」

「うふふ、そうね。ねえ、ナギ? 」

「なんだい、我が君。」

 私に名前を呼ばれてとても嬉しそうなナギって、獅子というより可愛いわんちゃんに思えちゃうのよねえ。私に対して忠実なところや、名前を呼んだだけで瞳を輝かせるところといい。

「あのね、貴女は嫌かしら?

 ロキを貴女の副官の一人として付けるの。」

『?!』

 私の言葉に彼らは驚いた様子で、ぽかんとしているわね。おっきく開いた口を見ると何かを放り込みたくなるわ。

「え、えーっとな、我が君が望むなら別にあたいは問題ねえ。

 つーっか、願ったり叶ったりだな。こいつが居れば密偵の訓練とか色々分かるしよ。

 でも、本当に良いのかい?」

「我が君っ、いけません!

 その者はまだ十分に信頼に値するとは全く思えないのですっ!

 そのような者を将軍の側に置く事は、即ち貴女の御身に近づけるという事ですっ!!」

「・・・我が君、私からもお願いいたします。

 どうか、ご自愛下さいませ。

 まだ、着て頂きたい衣装が山のようにあるのです。」

「・・・正気か?」

 4人ともそれぞれ違った反応を返してきたわねえ・・・。

 一応、アイリスの言葉に突っ込んだ方が良いのかしら?普通は、もうちょっと別の方向へ心配してくれる物だと思うのだけど・・・。

「・・・アイリス、衣装の事は忘れなさい。

 ロキ、私は至って正気よ。

 あとは、エディの言う事も分かるわ。」

「でしたらっ!」

「でもねえ、もう決めちゃったのよ。

 私が心配ならばエディが私の側に居るか、ロキを見張っていれば良いんじゃないかしら?」

「分かりました。

 我が君の行く場所全てにお供し、お護りいたします。

 そう、例え風呂やベッドの中までもっっ!!」

 ・・・力説しているエディだけど、少なくとも私の側にほぼ四六時中と言っても良いほどにレディウスも居る事を失念しているわね。エディったら何を想像しているのかしら、とっても幸せそうなんだけど・・・?

「宰相様よりも、我が君の方が強いのに護衛の意味はあるのでしょうか?」

「そこに突っ込んでしまうとあたい達を含めて対等に戦った翁以外は、何も言えなくなっちまうよ。」

「もう、乙女を前にして失礼ね。居てくれるだけで心強い時もあるのよ。

 ・・・護衛の事は後で要相談という事で、とりあえずロキには普通に密偵の教官役を中心に頑張って貰いましょう。

 それに今後、諜報機関を立ち上げる予定だから指揮官役ね。

 後は、そうねえ・・・、労働環境とお給金に関しても相談しなきゃね。特殊技能になるから、同じ位の兵の中では基本的に高くしないとね。」

「・・・待って欲しい。密偵にそのような扱いは不要です。

 己達は影に生き、影に死ぬ。仕える主の・・・道具でしかない。」

 

 深紅の双眸を細め、表情を何一つ浮かべることなくロキは静かに告げてきた。


--・・・どうしよう、本気で格好いいわね。これぞ、忍び、忍者ねっ!

 

「あら、だったら構わないでしょう?

 貴男が自分の事を道具と言うなら、その道具を使う持ち主の私がどんな風に道具の手入れをしようと勝手でしょう?

 それに、私は道具を使い捨てにするつもりは無いわ。・・・だって、勿体ないでしょう?

 それに、使い続ければ愛着も湧くという物よ。」

 内心の狂喜乱舞している感情を押し殺し、何でもない風を装ってロキに言葉を掛ける。・・・ちゃんと、隠せてたかしら?

「・・・変わっていらっしゃる。」

 ロキは短く言葉を返してきたけど、納得はしてなさそうねえ。表情も動かないし、多分彼って逃げる隙を伺っている気がするのよ。

「ねえ、ロキ?

 貴男は、私から逃げたいのかしら?」

「そのような事はありません。」

「・・・そうかしら。」

 私達の会話をアイリス達が見守るなか、、私はゆっくりとロキに近づいて行く。彼に手を伸ばせば触れる事が出来そうな位置で止まり、ロキの紅い瞳をのぞき込む。

「でもねえ、貴男はあの時選んだはずよ。」

「っっ!」


 私が伸ばした手を避けるようにその身を引くロキを許さないとばかりに、私の魔力で具現化した手術台から伸びたベルトが本気で逃げようとした彼を捕らえ、台の上に固定する。

 そんな手術台の上に固定されたロキの身体の上に重さを感じさせない動きで飛び乗り、お腹の上に馬乗りになる。そのまま、両手を伸ばし、ロキの頸動脈を押さえるように手を添えて艶やかに微笑んでみせる。

 あの山賊どもの末路や己の腹を突き破る刃の痛みを思い出したのか、深紅の瞳に恐怖が浮かぶ。


「言ったはずよ、"本当に貴方は運が良いのね"。

 "私は、自分に一度でも敵意を向けた輩にはとっても厳しいのよ"って。」


 ロキの恐怖に震えだした身体を労るように、優しく、愛撫するようにゆっくりとした仕草で己の身体を近づけ、手術台に固定されて頭の位置すら変える事の出来ないロキの耳元に唇を寄せ囁く。


「私ね、一度忠誠を誓った癖に裏切るような奴は嫌いなの。

 ただの糞ども以上に、責めて、責めて、泣いて許しを請うたとしても許せないくらいに。」


 耳元より顔を上げ、深紅の瞳を覗き込むようにお互いの額を当てて、至近距離で見つめ合う。


「・・・でも、ふふふ、貴方の事気に入っているのよねえ。

 素直に私に忠誠を誓えるように何度も、何度も、躾けてあげる。

 貴方が自分から私を求めるようになるまで・・・。

 私がその魂に死にたくなる程の痛みを、苦しみを、・・・そして快楽を刻んであげるわ。」


 大輪の棘と毒に彩られた黒薔薇が咲き誇るように艶然に、妖艶に、"心"も、"身体"も、"魂"さえも、捕らえ、絡め取る。 


「好きな方を選んでくれて構わないわ、私の"ロキ"。」


 黒薔薇の魅力に抵抗していた一人の深紅の色を宿した男がいた。しかし、大輪の黒薔薇に男の身体は囚われ、心を絡み取られ、魂さえも"今"堕とされた。


「・・あ・・・あ、誓い・・ます。

 おの・・れ・・・は、我が、君の・・ものです。」

「ふふ、良い子ねえ。

 ちゃんと私に話せるわね?貴方が隠したかった秘密。」

「・・・御意、我が君。」

 私への恐怖と畏怖に染められた彼の魂は、素直に私の命令に従った。元々、本能的な部分では私へ逆らう事の愚かさを理解していたでしょうに、理性で押しとどめようとするからいけないのよ。

 手術台に固定されたまま、私に隠していた情報の全てをさらけ出すロキの姿に満足したわ。レディウス程ではないけど、なかなか可愛らしい姿ねえ。

 ロキは必死に、亜人の国が私を捜している事、有名な冒険者パーティーへ依頼を出しイエンソド大湿原に向かっているはずである事を余すことなく説明した。

「うふふ、やっとぜーんぶ話したわねえ。

 こんなに私に隠し事して悪い子ね。お仕置きが必要かしら?」

「っっ!申し訳ありません!!」

「お仕置きは改めて考えるとして、その冒険者が気になるわね。」

 ロキの上から飛び降り、手術台を形成している魔力を霧散させる。

「我が君、すでに冒険者が探索に出ていても可笑しくはない状況ですね。」

「・・・使えそうなら拾宇野も有りね。うん、そうしましょう。

 今すぐに、イエンソド大湿原に向かうわ。」

 私の言葉にエディ達三人は付いてくる事を希望するけど、エディはねえ・・・。

「エディ、貴方は仕事が山のように残っていたはずよね?」

「・・・。」

 エディは、ばつが悪そうにフイッと目線をそらしちゃったわ。

「・・・分かりました。お帰りをお待ちしています。我が君。

 ですので、我慢した私に後でご褒美を下さいね。」

「仕事を終わらせていたら・・・ね。」

「絶対に終わらせます!」

 本人はやる気に満ちている様子で拳を握っているわ。

「・・・絶対に無理ですわね。」

「そうだね、こんな時の執事の旦那は勘が鋭いからねえ。」

 未来を予測する女性陣の声は聞こえていないエディを残して私達4人は、私の転移魔法で一気にイエンソド大湿原へ飛んだのである。


 そして、私の飛行魔法によって上空に浮かびながら彼ら"冒険者達"の闘いを見学していた。しかし、あの4人はまだしも神官かしら?あの女はダメね、要らないわ。だって、私の嫌いなタイプだもの。

 ・・・ほらやっぱり、仲間を盾にして、見捨てるような言葉を吐いたわ。私があのパーティーに所属していたら、すでに息の根止めてたでしょうねえ。彼ら優しすぎだわ。

 あの男も油断しているから大怪我を負うし、勝つ見込みはないわねえ・・・。

「如何致しますか、我が君?」

「そうね、アイリス。私、あの神官の女は要らないわ。

 でも、他は使えるかも知れないし、ちょっと姿を現そうかしらね。」

「よっしゃあ!

 あたいも戦闘に参加してもいいのかいっ!!」

 ナギったら、戦う事がよっぽど嬉しいのね。

「ナギとロキは、血の臭いに集まった魔物の群れを担当、アイリスは私の側で待機、私はあの蛙を相手にしようかしら。」

 

 そして、私達はイエンソド大湿原へ降り立つ。


「あらあら、うるさいと思ったら何をしているのかしらねえ?」


 私の彼らに向けた呆れた言葉と共に。



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