冒険者達と"イエンソド大湿原"。
そこは、常に水分を多く含む大地であった。季節や雨により流れる川の位置は変わり、浅い沼地を歩いていたかと思えば、突然大地が無くなり沈み込む底なし沼が口を開ける。湿度を含んだじめじめとした暑さに体力を奪われ、注意力が散漫になれば所々に群棲している低い木の上や濁った足下の水の中から湿地帯特有の魔物が襲いかかってくる。そして、この湿地帯では多くの魔物が様々な毒を持ちやって来た愚かな冒険者達をその餌食としている、まさに"絶望の大地"であった。
--ちくしょうっっ!どうしてこうなっちまったんだっ!!
そして、今日もこの大地に足を踏み入れてしまった事を後悔する冒険者達が居た。
彼らは満身創痍の状態であった。この"イエンソド大湿原"に足を踏み入れてから数日が経っている。すでに手持ちに魔法薬は底を突き始め、足早に撤退を行っていた最中であったのだ。しかし、気がつけば地形が変化し、沼地の位置が変わり、それらに惑わされているうちに奥へ、奥へと導かれてしまったのである。
体力も、魔力も容赦なく現れる魔物の群れによってどんどん削り取られていく。死の足音が刻一刻と迫ってくる彼らの前に、止めとも言える魔物が現れる。
それは一見巨大な蛙であった。しかし、その身体はぬめった粘液に覆われているだけでなく小さな棘が生えている。水かきの付いた両手足の爪も短いが鋭く、口の中には小さなノコギリのような歯が並んでいる。そこから、垂らしている舌は長く、先は丸くなり棘の生えた一種のスパイクボールのようである。
それはこの湿地帯に生息する魔物の中でも上位に位置する"ポイズンフロッグ"だった。
彼らは必死の思いで戦闘を開始する。
しかし、ポイズンフロッグの皮は厚い上に、粘液の効果により十分な威力のダメージを剣で与える事は出来なかった。唯一有効な手段は魔法であったが姿の割には知能の高いポイズンフロッグはそれを理解している。集中的に魔法使いに狙いを定め苛烈な攻撃をしかけてくる。そんな前衛3人が攻撃を防ぎつつも、魔法使いが魔法を唱え何とか維持していた戦線を邪魔した者が居た。
「いやあぁぁっっ!」
「・・・え?」
突然悲鳴を上げた神官の女、エレナが、魔法使いを自分の盾とした。
盾にされた魔法使いの女、アリアへ沼地の中から得物を狙っていたヴァイパーが飛び出し、その喉元に喰らい付いた。
「っっ?!
アリアっ、てめえっっ!離れやがれっ!!」
それを目撃してしまった人間の戦士、マルスが慌てて駆け寄り、喉元に噛みついているヴァイパーを切って捨てる。しかし、すでに毒が回り始めているアリアに最後の毒消しの効果のある魔法薬を与えるが強すぎる毒には十分な効果が得られない。
「おいっ、エレナっっ!早く回復魔法をかけろよっっ!!」
「っ?!
嫌よっっ!これ以上魔力を使ったら、私が怪我をした時に治す方法がなくなるじゃないっっ!!」
「なっっ、てめえっっ!!」
マルスがアリアを回復させるように促すが、エレナはそれを拒んだ。仲間を見捨てるエレナの言葉に彼らは絶句する。ここまで、愚かだとは思っていなかったからだ。アリアの魔法以外にこの魔物へ勝つ手段など無いのだから・・・。
もう一度、アリアの身体を腕に抱きながら立ち上がりエレナの方へ回復魔法を掛けさせるために向かおうとしたマルスの足下を何かが過ぎ去っていった。そのままバランスを崩し、倒れてしまったマルスだが立ち上がろうとしても立ち上がる事が出来なかった。嫌な予感に恐る恐る自分の足を見ると、右足の膝から下が無くなっている。そのまま理解したくはない思いで、ポイズンフロッグを見ると口より紅い血を滴らせ、何かをかみ砕き、呑み込む姿が見えた。
マルスは、ポイズンフロッグが呑み込んだのが自分の足だと理解したとたんに灼熱の激痛が身体を走り抜け、絶叫した。
「ああああぁぁぁああぁっっっっっっ!!!!」
溢れ出す血を止めようとするが、どの勢いは止まらず湿地の水を赤く染めていく。戦い続けていた二人も彼の絶叫に戦意を無くし始め、死を受け入れようとした。
「あらあら、うるさいと思ったら何をしているのかしらねえ?」
そんな冒険者達の絶望に彩られた、この危険な沼地には全く似合わぬ少女の呆れたような声が響き渡った。




