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第三章:灯の世界
灯は病棟に入院している。
けれどその理由を、凪は最初のうちは聞けなかった。
灯の周りには“壊れやすい空気”があった。強く触れたら、たぶん割れてしまう。
灯は白い部屋――観察室――をよく知っていた。
凪が面談を終えて白い廊下を歩いていると、窓越しに観察室の簡素なベッドの上で、灯が天井を見つめているのを何度か見た。
「怖くないの?」
ある日、凪は思わず質問してしまった。
灯は少し考えるようにして言った。
「怖いよ。でもね、あの白さの中にいると、自分が“輪郭だけになれる”の」
「輪郭だけ?」
「うん。色も、重さも、期待も、全部剥がされて、ただの形になる。それって、ある意味では自由なんだよ」
灯の表情は穏やかだったが、瞳の奥にかすかに影が揺れた。
その影は、凪の胸の奥にあるものとどこか似ていた。




