第一章:白の裂け目
白は、本来なら色ではなく“無”のはずだった。
けれど凪にとって、精神科病棟の“白”は、まるで薄い皮膚のようにざらついた質感を持っていた。
覆っていながら、どこか破れそうで、内側に別の色が滲んでいる。
凪は、週に一度の面談を受けるために、その白い廊下を歩いていた。
高校二年。周囲の誰も知らないうちに、生活は静かに傾いていた。
家に帰れば母は働き詰めで不在、父は半年前に別居。
学校では「普通」を演じるのに疲れ、笑うたび胸の奥が砂利のようにきしむ。
――その病院の奥に灯がいた。
初めて見たのは、観葉植物の影が落ちる休憩室。
灯は窓際に座って、両手を膝の上に置き、外の木々を見つめていた。
名前を知らなかったのに、凪はなぜか視線をそらせなくなった。
「ねえ、君も“白い部屋”に来る人?」
灯が凪に気づき、こちらを向いて言った。
声は淡々としているのに、不思議と胸にひっかかった。
白い部屋――それは、病棟の一番奥、観察室のことだろうか。
だが灯の言葉はもっと象徴的で、どこか比喩めいていた。
「…たぶん、そう」
凪が答えると、灯はほんの少しだけ微笑んだ。
「なら、私と同類だね」
その一言が、凪の中の何かをやわらかく揺らした。
同類――学校では誰にも言われたことのない言葉だった。




