24:地獄の峡谷
旅路を邪魔する者を殺め、ひたすら進むこと数週間。
私はようやく、目的地に辿り着いた。
「地獄の峡谷……」
谷底から黒いモヤのような霧が噴き出し、あたりを染めている。
谷を見下ろすと、かなりの高さがあった。霧のせいで下までは見えないがかなりの高さがあるだろう。
地獄の峡谷と呼ばれ、誰も近づかないこの場所。谷の一番底に悪魔がいる。
「悪魔というだけあって随分と物騒なところに住んでいるな。こんなところに彼らが来たとは意外なものだ」
彼ら、というのはもちろんメアたちのことである。
無力な少女であったメアが、デリックより小さかった第二王子ジェイクが、この先を生き残れたのだろうか?
不思議である。
覚悟を決めて、私は霧の中へと足を踏み出す。
その時、声がした。
「――グアアアアアアア!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
まさに地獄の底から上がるような、身の毛もよだつ恐ろしい雄叫びだった。
私はそれを聞いただけで身をすくませ、そこで立ち止まってしまう。耳をそば立てて様子を伺った。
雄叫びは長く長く谷に木霊している。どうやら私を怯えさせるのが目的らしいと悟ると、私は再び動き出す。
この先にどんな化け物が待っていようとも、私は屈しないだろう。これしきのことで怯んでやるものか。絶対に手にしなければならないのだ。
黒い霧が刺すように痛く、私の全身を包んでいく。
これは一体何でできているのだろう? 闇魔法の一種か?
魔法のことはよくは知らないが、闇魔法などはこういった霧で目眩しをすることもあるらしい。恐らくその仲間ではないかと思われる。
しかもこれは悪質だ。下へ行くほど不快感と痛みが増していき、常人であれば耐えられない域に達する。
私はある程度進み、そして限界を悟った。だから、時を停止させた。
その瞬間、痛みも何もかもが消える。
そしてこの世界で唯一自由に動くことができる私は、止まった時の中を進んでいった。
「大人になってから時魔法の使用頻度が激しいが体がもっているのは助かるな」
ふと、そんな独り言を漏らす。
大人の体である今現在、私はかつてないほどの魔力量を誇っている。連続して時を止めたり早めたりすることは楽だし、恐らくは今なら時間遡行も思い通りにできるのではないかと思う。
『――戻りたければいつでも戻れるのよ』
そんな囁き声が脳内に響く。
それは私自身からの誘惑。幸せで甘い時間へ帰りたいと思う私の愚かな心。
「帰れるものか。今の私では、かつてのようにあれない」
純粋な少女であった頃は取り戻せない。たとえ時間が巻き戻ろうとも、もう。
これでいいのだ。あそこへ戻って何をするというのか。また失うのは嫌だ。もう運命に抗うのなんてまっぴらごめんだった。
私は、魔女としてこの世界を終わらせる宿命を背負った。
それは私が引き受けなければメアや王子がしただけのこと。私がどのような道を歩もうとも、破滅は訪れなければいけない。
運命の強制力、そういうやつだろうか?
ああ、いつの間にか、谷底まで着いてしまった。
黒い靄の中、周囲は何も見えない。そしてゆっくりと時を動かす魔法をかけると――。
「ガア、ガアアアアア」
悍ましい叫び声が耳をつんざく。
ああ、この正体がわかった。耳を押さえながら私は思う。これは雄叫びなんかじゃない。これは、
「……!」
悪魔の寝息だった。
鳥型であるあの悪魔がどうやって寝息を立てているかは知らないが……とにかく、悪魔を起こさなければならない。
猛獣を起こすのに有効的なのは攻撃と聞く。猛獣ではないが悪魔もそういった感じだろう。
けれど時魔法は攻撃特化ではない。仕方ないと思い、私は別の手に出た。
「悪魔よ! 悪魔よ聞こえるか! 我の声が届くなら、長き眠りから目を覚ませ!」
格好をつけた文句を叫ぶ。
別にドーラン氏に教えられたわけでもない、何の効果もない自作の呪文である。
しかし、悪魔の寝息にかき消されないように大声で言ったその言葉は、悪魔の耳に届いたようだった。
そして、
「ウ、ウアッ。………………ようこそいらっしゃいました、あなたのおかげで封印が解けましたよ。あーあ、よく寝た〜」
そんな気の抜けた声が聞こえて来たのだった。
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