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09:『魅了の石』

 ダンスの二曲目と三曲目の間、やはり彼女は現れた。


「あのあのー、ちょっといいですかぁ?」


 聞き慣れた憎たらしい声。

 私は振り返り、微笑した。


「あらメアさん。初めましてね」


 途端に彼女の頬がこわばる。

 当然だろう。会ったことのないはずの相手が話しかけて来たのだから。けれど仰天しているであろう内心を隠し、メアはあくまでも愛嬌のある笑顔を浮かべて言った。


「あらぁ、どうしてアタシの名前をご存知なんですかぁ?」


 彼女の本性を知っている私は、むしろこちらの方が気持ち悪かった。

 無理矢理上品を取り繕っていると言っていたが、言われてみれば確かにそうだと思った。


「メアさんのことはよく耳にしますから。申し遅れたけれど私はマレガレット・パーレルよ」


 初対面の挨拶は、二回目の私の方がリードを奪った。

 しかしメアはめげずに続ける。


「そちらの方が、王太子殿下でいらっしゃいますよねぇ?」


「ああ、そうだが」


「アタシはメア・ドーランっていいまして、ちょっと大手の商家の娘なんですけどぉ。そうそう、王太子殿下にダンスを教えてもらいた……」


「――あなた、その首飾りは『魅了の石』よね?」


 彼女の整った顔がぐにゃりと歪むのを、私は見逃さなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「えぇっと、み、『魅了の石』って何のこと……ですかぁ?」


 一瞬、彼女の本性が現れそうになったがすぐに引っ込め、平静の仮面を取り戻したらしい。

 愛くるしい瞳は上目遣いにこちらを見ている。


「だから、その首から下げているものよ。それは所持が禁止されている魔石、『魅了の石』よね? それで何をするつもりだったのかしら」


 私は遠慮なく切り込んだ。


「まさかデリックに術をかけるつもりだったの?」


 私の言葉で、会場がしんと静まり返った。

 皆が皆、私たちを見ている。そして私のすぐ近くで状況を傍観していたデリックも同じだった。


「『魅了の石』だと? でもどうしてそれが」


「私、実は昔に違法な商人の取り扱っていた『魅了の石』を見たことがあるの。それとそっくりだわ」


 メアは「言いがかりですぅ!」と叫んだが、私にはわかっているのよ。

 だってあなたが言ったことでしょう? あなたが知らない世界での話だけれど。


 すぐに護衛の者たちがやって来て、『魅了の石』を持ち去っていった。

 そして残されたメアは一言、


「呪ってやる」


 次の瞬間、彼女の周囲が煙に包まれ、その姿が消え失せていた。

 さすがの私もこれには口をポカンと開けるしかなかった。

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