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異世界でアルバイトはじめました!

「まあまあまあ! 可愛らしい娘さん!」


 バルルークさんの奥さんであるところのシャリル・ゼウェカ夫人の第一声はこれだった。

 老齢ながらすらっと背が高く背筋をピンと伸ばしてる様はかっこいいの一言に尽きる。女性だけど。


「バル。貴方、でかしたわ! ここ数年で一番の出来ね!」


 笑顔でサムズアップしてみせる老婦人は、なんかもうパワフルだった。


「はじめまして、ナギです」

「シャリルよ。よければお母さんって呼んでくれると嬉しいけれど、年齢的に無理かしらね? むしろおばあちゃん? それもいいわね! おばあちゃん! うん、いい響き! 娘もほしかったけど、孫も欲しかったの! それなのにうちのバカ息子どもは結婚のけの字もないし、ラズあたりは子どもの一人くらい作るかと思いきや、そこんとこだけはうまくやっちゃうし、ちょっと諦めかけてたのよね!」


 早口早口! 慣れたとはいえリスニング追いつけない!

 立て板に水といったシャリルさんの喋りに圧倒されていると、横から助け舟が入った。その数四隻。


「シャル、少しゆっくりしゃべってやれ」

「そうよ、ナギちゃん驚いてるでしょ! だいたい声おっきいわよ!」

「母上殿は初心者向けじゃないんだよね。喜ぶのはいいんだけど、ちょっと落ち着きなよ」

「シャリル、ナギはまだナザフィアに来て一年経ってないんだ。頼むから早口は勘弁してやってくれ」


 男性陣が口を揃えていうのがおかしかったのか、シャリルさんは弾けるように笑い出した。


「貴方たち! 揃いも揃って過保護ね! まあわかるけれど!」


 笑いながらぎゅっと抱きしめてきたシャリルさんは、カイたちに見せつけるようにハグするのをやめない。


「ふっふっふ、やっぱり女の子は可愛いわね! 見て、このシルクみたいな肌! 髪! 触り心地最高! カイ、貴方やるじゃない!」

「あげませんよ」

「そんなこと言うとお嫁に出さないわよ? なーんてね! さあナギちゃん、お部屋を用意してるの! 行きましょう!」


 肩を抱かれるように、部屋から連れ出される。紺色のメイド服を着た侍女の人たちが、慌ててシャリルさんに付き従った。

 案内された先は、それはまあ可愛らしい部屋だった。ピンクをメインに、小花柄を散りばめたナチュラルテイストでまとめてある。可愛い。可愛いけれど……可愛すぎませんか?


「好みがわからなかったから、私が勝手に準備したんだけれど、気に食わなかったらごめんなさいね? これから貴方の好みに合わせてゆっくり変えてきましょう? 」

「あ! いえ! 大丈夫です!」


 可愛いのはむしろ大好きです。問題はわたしがこの部屋に似合うかどうかですね!


 天蓋付きのベッドを見ながら、わたしの顔は若干引きつった。元の部屋がどうだかわからないからなんとも言えないけど、この部屋に改造するには結構なお値段がかかったのではないだろうか。

 ここを廃棄して新しく作り直す勇気は、わたしにはない。ずっと住むわけではないのだし。


「結婚しても、ここが貴方の部屋なのは変わらないわよ? ホラ、子どもができたときとか、出産はうちの方がいいでしょう? 実家と思ってゆっくりしてちょうだい!」


 子どもができたときとかって! 気が早い!


「いえ、カイのあの溺愛っぷりを見る限り、早いと思うわよ!」


 動揺を隠そうとしていたわたしだったけれど、シャリルさんの追撃を受け、あえなく撃沈した。真っ赤になったわたしを見て、シャリルさんは大笑いした。きっと笑い上戸だ、この人。


 ※ ※ ※ ※ ※


 その後、採寸だなんだを済ませ--デザインについてシャリルさんが暴走したりと色々あったけれど、思い出したくないので割愛--そして本日、わたしのアルバイト初日。なんだけど。


「カイも働くの?」


 エプロンをつけながら、わたしは横にいるカイに驚ろいた。


「なにかあってからじゃ遅いからな」

「過保護だってシャリルさんにまた笑われちゃうよ」

「言わせときゃいい。まあ厨房は手伝えんが、配膳なんかはできるしな」


 配膳! カイがウエイター!

 なんとも言い難い絵面を想像して、わたしは笑いをこらえきれなかった。だってイケメンとはいえ、いかにも剣士といった見た目のカイが料理を運ぶとか、なんともミスマッチだ。用心棒といった方がしっくりくる。


「わたしもやりたいな、運ぶの」


 笑われて憮然とするカイに言う。

 これでもファミレスでバイトしてたんだよ。ホールでさ。だから結構得意なんだけど。

 なお、居酒屋の面接に落ちたことはナイショである。未成年に見えるからちょっと……って、あの店長許さん。


「他の男の前に出したくない」


 わたしの申し出に、苦虫を噛み潰したような顔でカイがボヤいた。露骨な独占欲に、赤面してしまう。


「それにうっかり触れた相手が魔法の素質がある奴だと怖いしな」

「そう言われればそうだね」


 たしかにそれは怖い。そう触れることもないだろうけど、お酒に酔った人とかだとなにするかわからないし、厨房や裏方仕事に徹するのが一番よさそうだ。


 ホールに出ないことをメルルさんには残念がられたけれど、カイが過保護なせいということでうまく片付けられ、わたしのアルバイト初日は始まったのだった。

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