身の危険を感じます!
光が消えると、そこは案の定違う場所だった。
「離して! あなた一体なんなの!」
わたしはイケメン眼鏡改め誘拐犯に怒鳴った。こっちの意思を無視して移動するとか、ありえない!
『いてて……やはり刻印は痛いな。だがようやくこれで落ち着いて話ができる』
ようやくわたしが怒っているのがわかったのか、誘拐犯は手を離してくれた。そのまま離した手の甲をさすっては、なにか言っていた。あれ、手の甲になにか描かれてたっけ?
『減力の刻印を見るのは初めてか? これは王城で承認なしに魔法を使うと入れられるものだ。これを入れられると、一月ほぼ魔法が使えない状態になるんだが……なあ』
誘拐犯は手の甲をさすりながらわたしを見据えた。カイと同じ色の双眸なのに、嫌悪感しか感じない。
『貴様、何者だ? 先ほど移動陣を展開した際、貴様からものすごい魔力が流れ込んできた。あれはなんだ?』
金の目をギラギラさせながら、誘拐犯が一歩近づいてきた。気圧されてわたしも一歩下がる。
『あれは私の力ではなかった。あのとき貴様の手を取っていたな。あれが原因か? おい、手を貸せ』
「やめて!」
また手を取られそうになり、わたしは身を翻した。幸いにわたしの後方に扉がある。
わたしは扉に飛びつくと、ノブを回して部屋の外に飛び出した。そのまま走り出す。
外に出なくちゃ! わたしは道もわからずに廊下を走った。階段は登っちゃまずいだろう。玄関はどこ!?
しばらく走るとホールがあった。大きな扉があるということは、ここが玄関?
飛びついてノブを回すけど、鍵がかかっているのか回らない。
「鍵っ……あれ、どこ!?」
『開かないよ、それは。魔法の鍵なんだ。解錠の呪文がないと開かない。この家の鍵は全部そうなってる』
ゆっくりと声が近づいてきた。振り向くと、誘拐犯がニヤニヤ笑ってる。
『開けられるのは私だけだ。逃げても無駄だよ。さあ、手を出すんだ』
「近寄らないで!」
『毛を逆立てた仔猫みたいだな』
くすくすと笑いながら、誘拐犯はわたしに近づく。ホールから逃げるにはこの扉を開けるか、誘拐犯の背後の廊下に行くかだ。
『ふふ、つかまえた。魔法使いなのに魔法は使わないのか?』
とうとうつかまった。触れられた腕に鳥肌が立つ。
『普通、減力の刻印は本人にしか解けない。でも、入れられた当人は一瞬にして力を吸われてるから、力がある程度戻る一月後まではこのままでいなければいけないんだ。でも、貴様のその力があるなら……《消えよ、刻印》』
わたしの腕をつかんだまま、誘拐犯は呪文を唱えたようだった。両手の甲に入った刺青のような模様が、チリチリと剥がれてゆく。
『ふむ、やはり触れていると貴様の力が流れ込んでくるようだな。聞いたこともない力だが……何者だ?』
もとどおりになった手の甲を、透かすように眺めやる誘拐犯は、満足気な声を漏らすとジロリとわたしを見た。
『これはいい拾い物をしたようだ。さあ、私の花嫁。神殿での婚姻の誓いは後にしよう。見たところ、貴様は逃げ足が速そうだ。あそこで魔法を使ったことは早々に知れるだろうし、王城の遣いがやってくると厄介だな。となると、先に種付けをしたほうがいいか』
誘拐犯は不穏な笑みを薄い唇に刷いた。
なにを言ってるかわからなくても、この状況がすごくまずいことはわかる。
だって今、わたしの魔力が使えることがバレてしまった。
逃げなくちゃ。扉が開かないなら窓は? ガラスを破れば出られない?
とにかくこいつから離れたい! わたしはつかまれたままの腕を引く。
『まだ逃げようとするか。いい加減めんどくさい娘だな。《とまれ、躰よ》』
「……!」
誘拐犯が魔法を使ったのだろう、いきなり身体の自由が利かなくなった。ピクリとも動かない自分の身体にゾッとした。声が出ない。意識だけがあるなんて酷い。なによこれ!
『《浮け、宙へ》』
動かないわたしの身体が、ふわりと宙に浮いた。
『そうだ、貴様が回収されたときのために追跡の魔法もかけておかねばな。私の子が母体とともに行方不明になられては困るし。《繋がれ、絃よ》』
しゅるりとリボン状の光がわたしの手に巻きつき、溶けるように消えた。
『さあ、行こう。邪魔者が現れる前に』




