カイと同じ目をした魔法使いと遭いました!
翌朝、わたしはカイの腕の中で目を覚ました。左腕をわたしの首の下に入れ、右腕でわたしの腰をしっかり抱きかかえているカイは、珍しいことにまだ寝ている。
これ幸いとばかりに、わたしはカイをまじまじと眺めた。
整った精悍な顔立ち。眉間にしわを寄せて眼光鋭く睨まれると怖い顔になるけど、気持ちよさそうに寝ている今は、むしろ可愛い。まつげも無精髭も銀色なんだな。これじゃ白髪生えててもわからないね。
「だぁいすき」
胸に頰をつけ、カイの匂いに包まれながら、起こさないよう小さな声でそっと囁く。
と、抱きしめる腕に力がこもった。
「……あのな、人が必死に耐えてるんだから、そういう可愛いこと言って煽るなよ。ヤるぞ、本気で」
「罠!?」
「いや、寝てはいたが……なんか視線を感じたから起きた」
「それはすごいね」
寝てても視線を感じたら起きるとか、ありえないです!
「夜明けくらいか? まだ寝てろ」
窓の外の仄暗さを確認し、カイが枕にしていた方の腕で、わたしの頭を抱き込んだ。抱き枕みたいな扱いに、思わず忍び笑ってしまう。
「目ぇ覚めちまったか?」
「うーん、ちょっと。眠い? カイ、寝てていいよ?」
寝る様子のないわたしに、カイがあくびを噛み殺しながら訊いてくる。眠いのかな? わたしに付き合って起きなくていいのに。
「いや、起きる」
そう言いつつ、腕の拘束はゆるむことがなく、カイも上体を起こしたりはしなかった。ただ、その金の双眸がわたしを見つめているので、寝る気はないらしい。
「おはよ」
「おはよう」
見つめられるのが照れ臭くて、笑ってごまかした。わたしが笑うと、カイも笑う。なんかこういうの、いいなぁ。
「ところで、なんでわたしカイのベッドにいるの?」
そう、問題はそこだ。たしか昨夜は自分のベッドで寝ていた気がするのだけれど、朝起きたらカイの腕の中。イリュージョン!
「昨夜は冷えたから、連れてきた」
「連れて!?」
抱き枕ではなく湯たんぽ代わりだったらしい。
ていうか、無断で運ぶのやめてください!
「カイ」
「すごんでも可愛いだけだぞ。特になにもしてないから安心しろ」
恥ずかしさを誤魔化すように睨むと、カイに額をとんと突かれた。
「なにもって……」
「そりゃ隣に好きな女がいたら触れたくもなるだろ。キスはしたが、それ以外はなにもしてないぞ」
なにも……してるじゃん! キスしてるんじゃん!
想いが通じてからのカイは、たまにこんな風に子どもっぽくなるというか、わたしを翻弄するようなことを言う。それに本気で怒れないわたしは、相当ほだされてる。
「……腕の中にいないと、安心できなくてな」
ぽつん、とそんな言葉が降ってきた。
昨日、帰還の魔法陣が見つかってから、カイもわたしも言葉少なかった。お互いに相手がいなくなる恐怖を抱えていたんだろうか。側にいる実感がないと不安だったのはわたしも同じだ。
「あったかいね」
まだこちらに残ると断言できないわたしは、そんな風に言葉を濁した。
太陽が昇りきって太陽の一刻の鐘が鳴るまで、互いの存在を確かめるかのように、わたしたちは抱き合っていた。
※ ※ ※ ※ ※
双子と合流し、食事を済ませると、わたしたちは再びお城の図書館へと足を運んだ。媒介について調べるためだ。こちらに残りたい気持ちが強くなってきているとはいえ、まだ決めかねているわたしにとって、帰還方法をきちんと知ることは大切だ。
「なかなか見つかんないわねぇ」
分厚い革表紙の本とにらめっこしながら、サジさんがため息をこぼした。
「あと一歩なんだけどね。媒介、だっけ?」
「エディ・マクレガーの帰還の話にからめてあると思ったんだけどねぇ。読み違えたかしら」
さすがヤークトの王都だけあって、ローゼルト王国滅亡の話や、エディ・マクレガーの説話の本には事欠かないらしいけれど、そのどれにも媒介の話はないという。
「絵本の挿絵まで調べたのに」
サジさんは不服そうな顔で読んでいた本を閉じた。バタン!と強い音がする。
「ない、のかな」
「まだわからないさ。そう気落ちするなって、ナギちゃん」
「そうよぅ。もしかしたら閉架書庫の中にあるかもだしね」
ついこぼれてしまった呟きに、双子が口々に慰めてくれる。ごめんなさい、わたしが弱音を吐くべきじゃなかった。
「ごめん、まだわかんないよね」
そうだ、決めつけちゃダメだ。
わたしは気合を入れ直すように軽く頰を叩いた。
「ちょっと顔、洗ってくるね」
「俺も行こうか?」
「アナタは入れないでしょ、女子化粧室。アタシが付き添うわよ」
「サジも一緒だよ。見た目オレと同じじゃん」
付き添おうと言ってくれる彼らに、わたしは手を振った。女子トイレに付き添われるのは恥ずかしいし、子どもではないのだ。閲覧室を出て図書館の入り口に行くだけなのに、付き添いなんていらない。
「平気だよ。すぐそこだし。行ってくるね」
そう言い残すと、わたしは閲覧室の扉を開けた。緋色の絨毯が敷かれた廊下を、入り口へ向かって歩く。
すると、閲覧室のすぐ近くの部屋の扉がふいに開き、わたしはそこにぶつかった。
「わあっ!」
『すまないっ』
まさかそこが開くとは思っていなかったわたしは、思わず声を上げた。扉を開けた人物が慌てて出てくる。
『大丈夫だったか?』
出てきたのはローブを着た男性だった。銀縁眼鏡をかけ、長い黒髪を垂らしたその人は、結構なイケメンだ。カイまでとは言わないけれど、双子くらいに背が高い。
『貴様魔法使いか? 見たことない顔だが……制服を着てないってことは、ここのじゃないな? でもかなり強い……』
イケメン眼鏡はこちらの言葉でなにかをまくしたててきた。けれど、こちらの言葉はまだ習得していないので、なにを話してるのかさっぱりだ。
「あの」
『ふぅん、ヤークト人かと思ったが、ナザフィア大陸の子か』
イケメン眼鏡は、じっとわたしを凝視しだした。眼鏡の奥の瞳が光る。
……カイと同じ金色の目。探るようなその眼差しに、わたしは居心地が悪くなった。なんだろう、同じ色なのに、この目は嫌だ。
「あの、それじゃ」
『待て』
脱兎のごとく逃げ出そうとしたわたしの手首を、イケメン眼鏡ががしっとつかむ。逃げ損ねたわたしは、大声を出すかどうか悩んだ。ここが図書館じゃなかったら遠慮なく叫ぶのに!
「離してください」
『貴様、相当魔力があるな。こんな量を持っている人間は初めて見た。それにすごく濃い。……なあ、私の子を産んでくれないか?』
つかまれた手首を取り返そうと引っ張ったが、はずれなかった。細そうに見えて男性なだけはある。
わたしは手首をつかむその手を指差し、そのまま掌を開いてみせた。このジェスチャーで通じてほしいんだけど。
「離して、ください」
『ようやく見つけた。私の魔力を継ぐには生半可な魔力の持ち主では無理でな、強い魔法使いは男ばかりだし、悩んでいたのだよ』
「なに言ってるかわからない。離して」
『名前は……と、訊いてもわからないのだな。ここではなんだし、私の研究室へ行こう。いや、家の方がいいか』
「離して!」
言葉の通じない相手に恐怖を感じて、とうとうわたしは大声を出した。この人は怖い。わからないけど、わたしの中のなにかが警鐘を鳴らしていた。
大声を出したことで、カイたちに届いたらしい。勢いよく閲覧室の扉が開く。
「ナギ!」
「「ナギちゃん!」」
姿を見せた三人に、ホッと胸をなでおろしたときだった。
『連れか。めんどくさい……ペナルティは食らうが、移動するぞ。《開け、移動の陣よ》』
イケメン眼鏡がなにかを呟いた。あれ、最後のは聞き覚えが。
そう思った瞬間、足元に魔法陣が広がった。見覚えのあるそれに、わたしはイケメン眼鏡がなにをしたのか悟る。
マシュマロマンと同じことしたんだこの人!
「やっ……カイッ!」
「ナギ!!」
カイの方に手を伸ばしたけれど、その手が取られる前にわたしは光に飲まれた。




