ヤークトの王都につきました!
「へぇ、じゃあ仲直りできたのね?」
「はい、迷惑かけてごめんなさい」
翌日、わたしはサジさんにカイと仲直りできたことを報告した。今まで間に入ってくれたり、慰めてくれて本当にありがとう!
「サジさんいてくれたから頑張れたよ。ありがとう!」
「アタシも、ナギちゃんに笑顔が戻ったのがなにより嬉しいわ。……で、仲直りしただけなの?」
あの、笑顔が怖いんですが。
綺麗な笑顔を浮かべつつ、言外に「吐け!」と迫るサジさんにたじろぐ。
「えっと」
「昨日、戻ってこなかったわよね?」
「そう……ですね」
「……ちょっと、カイ!」
あわわ、カイに飛び火した!
サジさんはラズさんと話していたカイにつかみかかると、笑顔のまま問いただし始めた。
「ねぇ、アタシ塩を送りすぎたみたいね? アンタ、アタシの可愛いナギちゃんになにしてくれんのよ!」
「だれがおまえのだ」
「ナギちゃんに笑顔が戻ればって発破かけたけど、一晩過ごすなんてやりすぎよ!」
「心配してるようなことはしてない」
「きーっ! なにその余裕! ムカつく!」
うーん、どうしよう。
間に入るきっかけがつかめず眺めたままでいると、ラズさんが声をかけてきた。
「なんか聞き捨てならないことが聞こえたんだけど?」
「はい?」
「ナギちゃん、カイと仲直りしたんだね?」
「あっ、はい。いろいろ迷惑かけてごめんなさい。仲直りできたよ」
「それはよかった。で、最後までシたの?」
「なにを?」
わたしの返答に、ラズさんがにっこり笑った。
やっぱり双子だ。浮かべる笑顔がそっくりですね!
「だって一晩、人目を避けて一緒だったんでしょ? 男と女が二人きりで夜を過ごすなんて、これしかないでしょ。雪も降って寒かったし、あったまるには人肌が一番だよね?」
「っ! 違う、そんなんじゃないよ!?」
ラズさんがなにを言いたいのかわかったわたしは、慌てて両手を振って訂正した。
たしかに昨日はあのまま一緒にいたけど、キス以上のことはしてませんよ⁇
「えー、シてないの? カイ、お前情けないなあ! 据え膳食わないなんて男じゃないぞ!」
「ラズ、誰もかれもがおまえみたいにガッついてないから」
「そうよ、もっとムードってものがあるでしょ!」
男性陣はそのまま三人で盛り上がってしまった。仲良しでなによりです。
一人ぽつんとしていると、女の人がわたしの名前を呼んだ。振り返ると、ラズさんご執心のミルテさんが、優しい笑顔をたたえてわたしを見ている。
「ミルテさん」
『婚約者さんと仲直りできたみたいね?』
う、なにを言ってるかわかりません!
多少サジさんに習ったとはいえ、まだ素養はゼロの状態に近い。
『できた……みたい、ね?』
『あ、言葉わかんないか。ラズウェルが普通に話せるから、妹さんもいけるかと思ってた。ごめんね、ナザフィアの人だもんね』
『ナザフィア、わたし、パルティアきた』
『練習中なんだ? 偉いね』
ニコニコしながらこの綺麗な人は、わたしの頭をなでてきた。……また、子どもだと思われてますか?
『わたし、二十。子ども、ない』
『あっ、そうか、結婚できる年だもんね。ごめんね、可愛いから、つい』
とりあえずもてる言語力をフル活用して主張すると、ミルテさんはこげ茶色の目をおかしそうに細めて笑う。
『それにしても、ラズウェルと違って、ナギちゃんはヤークト人みたいな見た目だね。お母さんがこっちの人なのかな?』
ミルテさんはわたしの髪に手をやると、自分の黒髪と比べて見せてきた。
似てる……って言いたいのかな? たしかにミルテさんは、ヨーロッパ的というより、東洋人に近い容貌だ。手足は長いし、多少彫りは深いけど。
『黒、同じね』
『そうね、一緒だね』
『なに話してんの?』
同じ色だね、と共感していたところに、戻ってきたラズさんが入ってきた。
『ラズウェル、うん、今妹さんと話してたの。ナギちゃん、ヤークト人みたいな見た目ねって』
『あー、そうだね。まぁ、うちの父はこっちの人間だから、そういうこともあるのかも』
『そういえばそうね』
ミルテさんはラズさんの言葉になんだか納得した様子を見せた。なに話してるんだろう?
二人の様子を眺めていると、サジさんとカイがやってきた。
「そろそろ出発みたいよ。行きましょ」
どうやら馬車が出るらしい。
そのあと、乗る場所で一揉めあったけれど、それは割愛させてください。
でも、一言言わせて。カイ、人前でいちゃつくのは、日本人なわたしには無理です!
※ ※ ※ ※ ※
馬車はとうとうヤークトの王都に到着した。ローゼンという名前のその都は、王都だというだけあって、とても賑わっている。
ナザフィアがヨーロッパ的な雰囲気だとしたら、こちらは東洋的だった。ううん、船が着いたゼスト国は東洋ぽくなかったから、ヤークト国だけの特徴なのかなぁ?
行き交う人の色彩は、皆落ち着いたものだ。金髪碧眼の双子や、銀髪金目のカイがものすごく浮いて見える。むしろわたしが埋没する勢いだ。
「とりあえずは宿を取ろう。調べるのに時間がかかるようなら、家を借りるのもいいね」
「そうだな」
「図書館で調べて……あとは聞き込みかしら。親父殿に聞いたところ、ヤークトではエディ・マクレガーは有名らしいから、調べるのはさほど難しくないとは思うわ」
「なんで有名?」
有名な迷い人なんて言われると、なんだかさらに興味が湧いてきてしまう。どんな人だったんだろう?
「ローゼルトを滅ぼし、ヤークトを興した功労者だからね。ほら、あそこの石像、あれも彼だよ」
ラズさんが指差す先には広場があった。その広場の中心に、大きな石像が設置してある。人物が二人。マントをはためかせて剣を掲げた人と、ローブを着て杖を構えた人だ。
「英雄王セレン・ヤークェルスと、盟友エディ・マクレガー、だそうだ」
「セレン・ヤークェルスはヤークトの初代国王ね。ローゼルトの騎士団長だったと言われるわ」
石像に書かれた文字をラズさんが読んでくれた。サジさんがその補足をしてくれる。剣を掲げてる人が王様で、杖を構えてる人がエディ・マクレガーらしかった。が、なにぶん古い石像なので、顔立ちはよくわからなかった。訊くと、二百年前のものらしい。
それにしてもマクレガーとか言われると、アヤちゃんを思い出すな。
アヤちゃんの本名はアヤ・マクレガーだ。あ、もしかしてこのエディさんて人もスコットランドの人だったりして。ファンタジー好きなアヤちゃんのことだ。知ったらきっと喜ぶだろうなぁ。二百年前……祖先の人とかだったら面白いのに。まぁ、珍しい名字じゃないからありえないけど。
会いたいなぁ。
懐かしい親友の顔を思い出しながら、わたしはしばらく過去の迷い人の像を見つめていた。




