やっぱり酒癖は悪かった模様です!
「あのね、なんで怒ってたの?」
カイに翻弄されつつも、どうにか自分を取り戻したわたしは、改めて喧嘩の原因について尋ねてみた。
「……うん、さっきも言ったけど、別にナギに怒ってたわけじゃないんだ。単に自分の気持ちがコントロールできなくて、認めたくなくて足掻いてただけで」
八つ当たりして本当にごめん、とカイが謝る。普段は可愛い要素皆無なのに、こんな風にしょんぼりされるとなんだか可愛いなんて言ったら怒るかな?
「認めたくない……なにを?」
「おまえに惹かれてたこと」
軽い気持ちで訊いたのに、どストレートが返ってきた!
ことん、とカイの頭がわたしの肩に乗る。頬や首筋に触れる髪がくすぐったい。
「おまえは迷い人だ。そして、俺の家はおまえにとって最大の敵だろう。なにせ過去にいた迷い人を無理やり囲い込んだ家だ。そんな家の血を引く俺がおまえを守るなんていうだけでもおこがましいのに、好きになったなんて認めたら……」
「認めちゃダメなの?」
「認めたら触れたくなるだろう? 他人になんか渡せなくなる」
ちらりと横目で見ながらカイはさらりととんでもない発言をした。あなた真顔でなに言ってんですか!
「そうなるとやってることは同じだ。気持ちがあるかなしか、無理強いするかしないかの違いしかない。だから認めたくなかったんだ。でも、結局おまえを傷つけたなら意味ないよな。ごめん、ナギ」
幾度目かの謝罪とともに、背中からぎゅうっと抱きしめられた。身体にまわされたカイの腕に、そっと手を重ねる。
「平気だよ。謝らなくて大丈夫。あのね、聞きたいことあるの。お酒飲んで、なにした? わたし」
「……今後俺の前以外で飲むなよ、頼むから」
ずっと気になっていたことを訊くと、そんな答えが返ってきた。
なんで!? カイまでアヤちゃんと同じこと言い出した! そんなにひどいのわたし!?
記憶がないって怖い! なにやらかしたんだろう!
「あんな無防備な笑顔振りまきやがって、他の男なら無事じゃすまなかったぞ」
「笑顔?」
「おまえは自分の破壊力を舐めてるよ。どんだけ葛藤したと思ってるんだ。なにもしなかった俺の理性を褒めてくれ」
「ひゃあぅ!」
今その理性、見当たらないんですが⁇
わたしはキスされた首筋に手をやった。首! 首はやめて!
「カイ、首ダメよ!」
「弱いのか?」
そこ! 獲物を見つけた狼みたいな顔で笑わないで! 息吹きかけるのも禁止!
暴れるわたしに、楽しそうにカイが笑う。遊んでますか? くそう、このおっさんめ! ちょっと前はしょげてたくせに〜!
睨んでみせると、不意に笑うのをやめたカイが、ため息とともにボソッとこぼした。
「あとな、脱ぎ出した」
「脱ぎ!?」
「靴を脱げって言ったら服を脱ぎ出したときの衝撃、わかるか? とめたら抱きついてくるし。声かけたら全開の笑顔向けてくるし。なんの苦行かと思ったよ」
それはごめんなさい! 本当にごめんなさい!!
友人たちがこぞってとめるはずだ。からみ酒でないものの、これはマズイ。男性がいる席で友達が脱ぎ出したらそりゃわたしでもとめるさ!
もう、絶対お酒なんか飲まない……。
「もう訊きたいことはないか?」
がっくりうなだれるわたしに、カイがおかしそうに訊いてきた。
「うー。カイ、結婚してる?」
「いきなりなにを訊いてくるんだ、おまえは」
つい告白して両想いになったけれど、これについては改めて訊いてなかったので、かき捨てとばかりに質問してみたら、カイが呆れたような声を出した。ごめん、たしかに両想いになった直後に訊くことじゃなかったかも。
「あのな……そんな存在がいたら、国々を渡るような傭兵稼業はしてないし、おまえに気持ちを伝えたりもしてない」
それもそうか。
そういえば、サジさんが、カイと知り合ったのはカイが十五の頃だったって言ってたな。その頃から傭兵をしてたっていうし、さすがに結婚はしてないか。
「一体なにを訊くかと思えば……」
今度はカイががっくりとうなだれる番だった。ホントごめんなさい。
「ナギ」
「はい?」
「俺も、ナギに教えてほしいことがあるんだ」
今度はカイが質問タイムのようだ。
「なんでしょう?」
「ナギの国の言葉で好きだと伝えるには、なんて言えばいいんだ?」
「っ!」
一体なにを訊くかと思えば……!
思わず先ほどのカイのセリフを繰り返してしまう。
待って、ホントに待って。それって、カイに言ってほしければ、まずわたしが言わなきゃダメってやつよね⁇
「ええと」
「ダメか?」
ダメではないですが、勇気が必要ですね!
わたしはなけなしの勇気を絞り出す。だって好きな人が、わたしのためだけに、わたしのほしい言葉をくれるって言うんだもの。そんなチャンス逃せない!
[……好き、だ]
ちっちゃ! わたし声ちっちゃ!
蚊の鳴くような声しか出せなかったのに、カイは訊き返すようなことはしなかった。
[ナギサ、好きだ]
……!!
なに、この破壊力! ダメでしょ! これはダメでしょ!
耳元で囁かれた言葉に、わたしは立てた膝に顔を埋めた。恥ずかしすぎて死ねる。
「ナギ、耳まで赤いな」
「……だれのせいですか」
「俺のせいだな」
しれっと! そこしれっと言わない!
「ナギサ」
「ひゃいっ!」
カイが名前を呼ぶから、焦ってつい噛んじゃった。
この世界では、カイしか知らないわたしの名前。最初うまく発音できないからって、愛称で呼んでもらったんだけど、いつの間に呼べるようになったんだろう。
「酔ったとき、おまえが言ってたのはこれだったんだな」
「え?」
「ずっとむこうの言葉でなにかを言ってたんだ。一生懸命なにかを伝えようとしてたんだが、なにぶんむこうの言葉はわからなくてな」
ひ〜! なんてこと言ってるの、過去のわたし!
やっぱり、もう絶対お酒なんて飲まないんだから!




