開いてしまった距離を埋めるには?
ラヴィックに着いたあとも、カイの態度は変わらなかった。日に日に開いていく距離がさみしい。サジさんが気を遣って側にいてくれるから笑ってるけど、ホントは笑うのも苦しい。
「ナギちゃん、リーツ食べる?」
「ありがとう!」
ラヴィックの次の街まで相当距離があるらしく、今日も野宿だ。焚き火の側であったまっていると、リーツを二つ持ってサジさんが近寄ってきた。
「寒いわよねぇ。こんな真冬に野宿とか、凍え死んじゃうわ」
わたしに片方のリーツを渡すと、サジさんは自分のマントの片側をわたしにかけてくれた。くっついた体温があったかい。気遣ってくれる気持ちがあったかい。
さすがに寒いので、夜寝るときは暖かくしてある馬車の中だけど、あそこは人がひしめいていて息苦しいので、耐えられる間はこうやって外にいることが多い。
他の同乗者の人たちも、同じように仲がいいもの同士で焚き火を囲んでいる。
「ラズさんは?」
「ミルテさんを追いかけてるわよ〜。あんな年増のどこがいいのかしら」
サジさんは呆れたような口調で笑った。
ラヴィックで乗り込んできた二十代半ばくらいの女性に、ただいまラズさんは夢中だった。
夢中になるのもわかるくらい、ミルテさんは綺麗な人だ。イセルルート共通語で口説くラズさんに、ミルテさんもまんざらじゃなさそう。
……いいなぁ。好きな人に振り向いてもらえるって、恋が叶うってどんな気分なんだろう。ほぼ失恋確定なわたしには想像がつかない気分だ。
こうやって焚き火にあたっていると、どうしてもカイと過ごした時間を思ってしまう。どうして今、わたしの側にいるのがカイじゃないんだろう。どうして今、こんなことになってるんだろう。
ごめん、サジさん。優しくしてくれてるのに、ホントひどいよね、わたし。でも、あなたとおしゃべりしている時間が楽しければ楽しいほど、どうしても失ってしまったあの時間を思い出しちゃうんだ。楽しいのに、苦しいよ。
「ヤークトまで、あと少しだね」
「そうね。向こうに着いたらエディ・マクレガーのこと調べましょうね。任せといて、アタシ、こう見えて調べ物得意なの。ギルドでは事務長やってたんだから」
「事務長?」
「うーん、なんて言うのかしらね、雑務係? サボりがちな親父殿のお尻を叩いたり、女性職員のお尻を追いかけるラズを殴ったりしてたわ」
「お尻ばっかりだね。調べ物関係ないよ、それ」
「あら、本当ね」
ケラケラと明るくサジさんは笑う。
わたしも一緒に笑ったけど、遠くの木の陰にクロムが現れたのが目に入って、笑いながらもそちらを見てしまう。
クロムの側にカイはいた。馬車には用心棒を務める人たちが何人かいるんだけれど、カイはラズさんの他にたまにその人たちと話すくらいで(イセルルート共通語、喋れたの⁇)、あまり他人とは関わってないみたいだった。
いつも身につけている鈍色の鎧を纏って、使い慣れた剣を携えてるその姿は見慣れたものなのに、今はすごく遠く感じる。
なんでこんなに距離が開いちゃったのかな。
あの声が聞きたいのに。
あの瞳が見たいのに。
あの手に触れて欲しいのに。
今は、もうすべてが遠い。
「……やっぱり気になる?」
気遣わせてしまうから、特にサジさんといるときはカイのことを気にしないようにしてたんだけど、こうやって少し見ていただけで、サジさんは敏感に気づいてしまう。
「……難しいよね。嫌われても、嫌いになれないの」
「別に嫌いにならなくてもいいんじゃない?」
サジさんはわたしに甘い。だから、わたしはお姉ちゃんに甘えるようにサジさんに甘えてしまっていた。
「えっと、なんて言うのかな。嫌いに……じゃなくて、好きなのをやめられない?」
「諦められない?」
「うん、そう。諦められない。カイに迷惑だと思うんだけどね。でもまだ好きなんだ」
サジさんに寄りかかって、わたしはため息をついた。そんなわたしの頭を、サジさんが優しくなでてくれる。
慰めてくれるその気持ちが嬉しいのに、あったかいその手が、カイのものでないことにがっかりしてるわたしはホント嫌い。いつからこんなひどい人間になったんだろう。こんなひどいことを平気で思ってしまうから、そしてそれを隠してサジさんの優しさに甘えてしまうような卑怯な人間だから、カイに見限られたのかな。
「サジさん、ごめんね」
「なあに、突然」
その優しさが痛くて、わたしは口を開く。
「サジさんに優しくしてもらう権利、ないのにね、わたし。卑怯でごめんね」
謝罪を口にしても、それは自分の卑怯さを誤魔化す手段のようで吐き気がする。事実、謝ることでわたしは自分が楽になろうとしてる。でも、見ないフリで甘えてばかりじゃダメな気がするんだ。
「カイのことばっかりでごめんね。わたしのことに巻き込んでごめんね。サジさんいろいろ気にしてくれてるのに、わたしなにも返せない」
優しくしてくれるあなたに、仕事を措いて旅に付き合ってくれたあなたとラズさんに、わたしはなにを返せるだろう。
「ねぇナギちゃん」
「なぁに?」
やわらかい声音で、サジさんがわたしの名前を呼ぶ。
「アタシね、自分が嫌いだったの。男も嫌い、女も嫌い。理由もなくただ嫌悪感を抱く自分が嫌いだった。おとなしい可愛い小さな女の子だけが好きなんて、変態そのものじゃない?」
海の青さを映すその瞳が、焚き火のあかりを映して金色に染まる。
「だけどね、アナタに会って少しだけ自分が気持ち悪くなくなった。ちゃんと他人を好きになれるんだって安心したわ。仕事を絡めなくても、ちゃんと他人を助けたいって思えるんだって」
サジさんはそっと笑った。
「だからね、もうアタシはアナタから与えられてるのよ。これ以上くれるっていうなら、隠れてた下心が出てきちゃうわよ?」
クスクス笑いながら、サジさんはコツンと頭をわたしの頭にぶつけた。




