やってしまったことは後悔してもやり直せません!
「おまえはもう酒は飲むな」
朝、食堂で顔を合わすなり、わたしは不機嫌そうなカイにそう宣言されてしまった。カイの向こうで双子も苦笑いしている。
え、これはやっちまったとかっていうヤツですか? わたしやらかした? やっぱり酒癖悪かった⁇
「ご、ごめんなさ……」
「カイ、昨夜荒れてたもんねぇ」
「お前なにやらかしたんだよ」
「覚えてません! カイ、ごめんなさい!」
含み笑いをしつつ、双子が追い打ちをかけてきた。なにやらかしたって……むしろわたしが教えて欲しいです。
不機嫌全開なカイは目も合わせてくれない。謝っても、「もう飲むなよ。特に男がいるとこではな」としか言ってくれなかった。わーん、昨日のわたし、一体なにをしでかしてくれたのー!!
「サジさん……昨日のわたし、一体なにしました?」
「いろんなお酒を口にしたのが悪かったのかしらね、潰れて寝ちゃったのよ。カイが部屋に連れてったんだけどね、なんか戻ってきてから機嫌悪くて」
こそっとサジさんに訊くと、苦笑しながらも教えてくれた。
「なにも覚えてないの?」
「はい……」
面目ありません。
「まぁ、過ぎたことは仕方のないことっていうしな、次気を付けりゃいいでしょ。なぁカイ?」
半泣きでうなだれていると、ラズさんが場を取り持つように、ことさら明るい声を出した。
「そうそう! それより早く出発しないとね!」
サジさんも気を遣ってラズさんに合わせてくれる。うう、二人ともすみません……。
ぎくしゃくした空気のまま朝食をすませ、わたしたちは乗合馬車乗り場へやってきた。馬車って言っても馬でなくて騎獣が牽いてるんだけど。カバが牽く車。なんか強そう。
「え、二人ともこっちに乗るの?」
カイとわたしはクロムに乗ると思っていたみたいで、サジさんが驚いた声を上げた。
「悪いか」
「オレはナギちゃんと一緒なのは嬉しいからいいよ〜」
眉間にしわを寄せたカイが言う。どうしよう、まだ怒ってるみたい。
おたおたしてる間に、カイはラズさんの隣、わたしから一番遠い席へ座る。相変わらず一切こっちを見ようとはしてくれない。
どうしよう、もしかして嫌われた? とうとう嫌われたのかなわたし!?
「ナギちゃん、気にしなくていいわよ」
わたしの隣に座ったサジさんが優しい言葉をかけてくれる。
「あれ、ナギちゃんに怒ってるんじゃないと思うのよね。大丈夫よ」
「でも……」
「しばらくそっとしときましょ。明日もあんな態度なら、アタシから言ってあげるから。ほらほら、女の子は笑顔が一番よ! 泣きそうな顔、してないの」
わたしの眉間を軽く突っついて、サジさんはにっこり笑った。今はその優しさが身に沁みます……。
しかし、カイとの間にできた変な空気は、翌日になってもなくならなかったのだった。
ぎくしゃくしたまま、わたしたちは旅を続ける。
さすがに顔を見ないということはなくなったのだけれど、さりげなく避けられているのがわかって、気持ちが重かった。そんなわたしをサジさんは気にかけてくれて、なにくれともなく世話をやいてくれている。
「でね、これが『迷い人』。で、こっちが『炎の魔法使いエディ・マクレガー』」
「『迷い人』……えっと、これで合ってる?」
「そうそう、上手よ」
お昼の休憩時間を使って、わたしはサジさんにイセルルート共通語を習っていた。枝で地面に書きつつ、発音して覚える。ナザフィア共通語を操りながらなので、慎重に進めざるを得ないけれど、覚えなきゃ先には進めない。いつまでも誰かに頼っているわけにはいかないのだ。
この旅を始めるにあたって、双子にはわたしが“時空の迷い人”について調べていることを伝えてあった。はっきりとは言ってないけれど、わたしが迷い人だということはうすうすわかっているとは思う。ただ、明言はしていないし、魔力を人に渡せることは秘密のままだ。
でも、二人とも迷い人のことを知っても態度を変えたりはしなかった。非常にありがたいことである。
カイとのことは気にならないとは言わない。すごく気になるし、考え出すと泣きそうになるけど、サジさんたちに迷惑をかけるわけにもいかないので、一旦保留にすることにした。
だってあれから何度か声をかけたり、謝罪をしたりしたんだけれど、カイの態度はぎこちないままだった。
謝ってもダメなら少し時間をおいて、気に障らないよう気をつけて過ごすしかない。わざとではないとはいえ、あの優しい人があれほど怒ることをしてしまったのだ。こちらから許すことを強要はできないだろう。
カイは馬車に乗っていないときはいつも一人クロムのところにいるので、ここ一週間ほどクロムにも近づけていなかった。この世界に来てからずっと一緒だった二人と接せないのはすごくさみしかったし、つらかった。
「さぁ、そろそろ出発かしらね。行きましょ、ナギちゃん」
「うん。次はどこに寄るんだっけ?」
「ラヴィックよ。そこに寄ったらしばらく街はないわ。野宿になるだろうけど、大丈夫?」
「大丈夫。平気だよ」
サジさんは見た目は男の人だけれど、話すとお姉さんみたいで話しやすい。髪や肌のお手入れもサジさんが詳しく教えてくれるので、ちょっとパサつきだしていた髪も、元どおりの艶が戻ってきていて嬉しかった。
それにしても、未婚女性の髪のアレンジ方法まで知っているとは……オネエすごい。
「気にしちゃダメよ?」
「……わたし、また見てた?」
「なんなのかしらね、ホント。あんなにおかしなカイ、アタシも初めてよ」
ほっぺをつっつかれて、わたしはまたカイを見ていたことに気づかされた。一生懸命距離をあけようとしても、気がつくと目で追ってしまうのは許してほしい。
「……好きな人に避けられるのはつらいわよね」
「うん。……て、えぇっ!?」
さりげなくぶつけられた言葉に頷いたものの、内容に気づいて慌ててサジさんを見る。
「わかるわよ〜、それくらい。ラズも気づいてるんじゃない?」
バレバレでしたか……。
あれ、二人にバレてるってことは、もしかしてカイにもバレてる? だから距離置かれちゃったとか? もしやわたし、酔っ払って告白とかしちゃって、それで断られて嫌われた⁇
その可能性に気づいた途端、胸がすごく苦しくなった。胸の真ん中が痛い。心臓が、喉が、ぎゅーってなってる。
ああ、本当にどうしよう。




