【挿話】可愛らしくも凶悪な酔っ払い
「あらら、疲れてたのかしら」
「単に弱いんじゃね? あー、このままお持ち帰りするか? しちゃう? いいよねしても!」
「いいわけあるか」
「カイ、アンタ部屋に運んであげなさいよ。じゃないとラズがおいしくいただいちゃうわよ、この様子じゃ」
「据え膳は食べるに限るんだよ。もったいない!」
酒に口をつけてから、ナギが眠り込んでしまうには時間はかからなかった。
飲み始めは機嫌よくニコニコ笑顔を振りまいていたが、そのうち俺に体重を預けて無邪気に眠り始めたのだ。
安心しきったようなナギの寝顔に、なんとなく腹が立ってきた。無防備にもほどがあるだろう、おまえ。この場にラズしかいなかったらどうなってると思うんだ。
「部屋に連れてくよ」
膝裏と背中に腕を入れて抱え上げる。前後不覚に陥っているナギは、それでも起きやしない。
とりあえず部屋に寝かせて、今日は飲もう。そうしよう。
俺は誰にともなく宣言すると、ナギを抱えて宿に戻ったのだった。
ナギはベッドに寝かすと、その振動で起きたのか、ぱちりと目を開けた。今まで起きなかったくせに、なんでこのタイミングで起きるのか。寝たふりでもしてたのか、おまえ。
「カイ〜〜」
ふにゃりとしまりのない顔で笑み崩れる。酔っ払ってるな、これは。
「ほら、靴脱げ。水は飲めるか?」
[えー、なに言ってるかわかんないよ〜。それよりここ暑い〜]
ナギはベッドに転がりながら、上着を脱ぎ始める。ちょっと待て、俺が脱げと言ったのは靴だ。服じゃない!
「ナギ、ちょっと待て、服は脱ぐな」
[え〜、なぁに〜?]
制止したものの、耳に届いていないのか、服を脱ぐ手はゆるめない。少し赤く色づいた白い肌が見えたのに気づき、慌ててその手をつかむと、ナギはとろんとした目をこちらへ向けた。
[暑いよ〜、ここ。カイは暑くないの〜? その黒いの、見てるだけで暑いよ〜]
なにごとかを呟くと、ナギはパタパタと顔の前で手を扇いで見せた。白い頬が上気している。暑いのか? 部屋には暖炉に火が熾してあってあたたかくなっているが、酒が入った身体には暑いのかもしれない。
「窓開けるぞ」
[どこ行くの? いっちゃやだよぅ]
せめて空気を入れ替えてやろうとすると、ナギに抱きつかれた。
「待て、おまえ暑いんだろう? 少し空気入れ替えてやるから……」
[カイいなくなるのやだよ〜。さみしいから一人いや〜]
こ、んの……酔っ払いめ!
「ナギ、おまえなあ」
[えへへー、カイ、大好き!]
酔っ払いには伝わらないと思いつつも一言言ってやろうと口を開くと、ナギは全開の笑顔を向けてきた。
[一番好きだよ、だぁ〜いすき!]
破壊力のある笑顔に、一瞬硬直する。ごくり、と自分の喉が動くのがわかった。落ち着け、俺。
「……おまえなぁ、ここに運んだのがラズだったら、そのまま食べられちまっても文句は言えないぞ」
[ラズさん? ラズさんじゃないよ〜。わたしが好きなのは、あなたで〜す!]
機嫌よく、凶悪な酔っ払いは笑う。
[ねぇ、カイはわたしのこと、好きになってくれる?]
潤んだ目で覗き込まれた。磨いた黒曜石みたいな大きな目には、俺だけが映っている。
「なにを言ってるかわかんねぇよ」
[カイが好きだよ]
ナギは故郷の言葉で繰り返す。歌うような声音は耳に心地よく響いた。
「おい、ナギ……」
ふわぁ、とあくびを一つすると、俺の袖を握ったまま、ナギはころんとベッドに転がった。すぐにすうすうと気持ちよさげな寝息が聞こえてくる。
あどけない寝顔に、なんとも言えない気分になる。
なんなんだ、この凶悪な生き物は。勘弁してくれ。
ため息を漏らす俺の横で、ナギは無邪気に眠り続ける。たまにうっすら開いたやわらかそうな唇が、そっと俺の名を呼ぶ。
ふざけんなよ、この酔っ払い。襲ってくれと言わんばかりに、全身預けて寝てるんじゃねえよ。
……俺の気も知らないで。
その後、酒場に戻った俺は、久しぶりの酒を浴びるように飲んだ。まだ耳にナギの声が残っている。くすぐったいような、甘い声。
忘れろ、忘れるんだ俺! あれに流されたらおしまいだぞ!




