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からかいにもほどがあります!

 船がたどり着いたのはナザフィア大陸に一番近いゼスト王国だった。北方に位置するこの国は、季節もあって白いものがちらついている。吐く息だって真っ白だ。

 !

「うわぁ!」


 わたしはうっすら雪が積もる港を見て、そのまま空を仰いだ。鈍色の空からは、ちらちらと粉雪が舞い降りてくる。


「ナギ、雪だ」

「雪! うわぁ、すごい!」


 初めて見るこの世界の雪に、わたしのテンションはあがった。だってむこうの世界でも、わたしの住むところではなかなかお目にかかれない。


「さぁさぁ、驚くのはあとにして、まずは入国手続きしに行きましょ」


 サジさんが笑いながら手招く。


「入国手続き、なに?」

「国に入る際にする手続きよ」


 え、むこうではやってなかったよ、それ!

 慌ててカイを見ると、大丈夫と頷いてくれた。


「ナザフィアでは入国の手続きはゆるい。その代わり、街々で厳しく手続きしてるけどな」


 ゆるい……って、そんなアバウトでいいの? 他国に攻められるとかないのかな。他人事ながら心配になるなぁ。


「まあ、ここも船で直接街に入ったからしてるだけよ。入国っていうか、入船手続き?」


 長い蜂蜜色の髪を掻き上げながら、サジさんが教えてくれた。白と瑠璃紺を基調とした冬服がよく似合っていて、パッと見オネエに見えない。喋ったらいつも通りのサジさんなんだけど。


「それにしても寒いわね〜。ナギちゃん、こっちおいで」

「?」


 素直に近づくと、ガバッとマントの中に抱き込まれた。


「ああ〜、あったかい〜。可愛い〜」

「さっ、サジさん! 苦しい!」

「サジ、お前抜け駆けだろ! ナギちゃん、次オレんとこ来て!」


 双子にもみくちゃにされかけて悲鳴をあげると、無言でカイが回収してくれた。すみません、お手数おかけします。


 入国手続きは、ナザフィアのギルドみたいな場所で行うようだった。イセルルート共通語に疎いカイとわたしのために、サジさんとラズさんが書類を整えてくれる。カイがそれに二人分の身分証を添えた。


『珍しい、ナザフィア大陸から来たのか。俺がここを担当してから十年で初めてだよ』

『そうなんですよ。オレたち、父がゼストの人間で、今回本家を訪ねにきたんです』

『ラズウェル・ゼウェカ、サジエール・ゼウェカ、ナギ・ゼウェカ……あんたたち兄妹か?』

『そう。可愛いでしょ、うちの妹』

『あんたに似てなくて可愛いな。ずいぶん小さいようだが』

『こう見えて二十歳だよ』

『はぁ!? ずいぶん若く見えるな! むこうの人間はみんなそうなのか?』


 代表してラズさんが職員の人と話しているが、ちんぷんかんぷんだ。なにを話してるのかわからないなんて、この世界に来たばっかりの頃を思い出すなぁ。


『で、カイアザール・ディルスクェア。彼は誰だね?』

『彼は……』

『妹の婚約者よ』

『婚約者? ああ、本家に行くとか言ってたな。結婚の挨拶かい?』

『そんなものね』


 カイの名前が出たけど、どうしたんだろう? ラズさんの説明に、サジさんが口を挟んでる。職員さんは書類とわたしたち二人を交互に見てる。怪しまれてる……わけではない、よね?

 不安になってカイを見ると、カイもこちらを見た。うん、やっぱり自分の名前だけが呼ばれてると不安になるよね。


『それに幻獣ティガンとは、ずいぶん珍しいものを連れ込むんだな。むこうではたくさんいるのかい?』

『いや、むこうでも珍しいよ。義弟の唯一の家族でさ、なんでも妹が好きで好きで仕方ないらしく、ついてくるって聞かないんだ。まぁ護衛代わり? みたいなものだね』

『そしたらそいつにはこの鑑札をつけといてくれ。では、よい旅を!』


 職員さんはわたしたちの身分証を返すと、笑って手を振ってくれた。そのまま、わたしたちを連れてきてくれた船の船長さんと交代する。なんでもナザフィアにない交易品をたくさん仕入れて帰るのだそうだ。


「船長さん、乗せてくれてありがとう!」

「嬢ちゃんもよい旅を! またな!」


 ほくほく顔の船長さんと手を振り合って別れると、わたしたちは街の中に足を進めた。


「ねぇ、さっきなにを話してた?」

「ん〜? 旅の目的やアタシたちの関係性を訊かれてたのよ。ほら、カイだけ名字が違うでしょ?」


 さっきの職員さんとのやりとりが気になって、わたしはサジさんに尋ねた。サジさんは笑顔で答えてくれる。あぁ、なるほど。わたしの身分証はバルルークさんの名字になっているから、この面子だとカイだけ浮いて見えるのか。

 わたしが納得していると、サジさんは追加でものすごい爆弾を投下してくれた。


「アタシたちとナギちゃんは兄妹で、カイはナギちゃんの婚約者ってことになってるから、よろしくねぇ」


 はい!?

 わたしは目をぱちくりさせた。聞き間違い……ではない? だとしたらなんてことを言ってくれるのだ!


「それは護衛とかでは駄目だったのか?」

「駄目よぉ。クロムちゃんのこともあるしね。第一、面白くないでしょ!」

「サジさん! 無理! それ無理!」


 婚約者とか、婚約者とか!

 そんなの、心臓が持ちません! あ、偽兄妹設定は特に問題ないけれど。

 第一、その設定必要なわけ⁇

 あわあわしながら言い募ると、サジさんとラズさんがニヤニヤしながら顔を見合わせた。


「……俺が婚約者役じゃ不満か?」

「へっ!?」


 サジさんに取りすがってると、ぶっきらぼうな声がした。どきん、と心臓が跳ね上がる。


 振り向くと、カイの金の目がわたしを見つめていた。なにこれ、夢⁇

 一気に顔に血がのぼったわたしは、ぱくぱくと口を開け閉めした。頭が真っ白になっていて、言葉が出てこない。ただただ顔を赤くするだけだった。


「なんてな」


 はい!?

 いたずらっぽく笑ったカイに、別の意味で頭に血がのぼった。なにそれ!


「カイ、ひどい! 意地悪!」


 わたしは腹立ちまぎれにカイのお腹--鎧はしまってあって、船の上からずっと黒ベースのシンプルな服を着ている--にグーパンチを入れた。

 なにそれなにそれ! ホント腹立つ!!


 目に見えて不機嫌になったわたしを見て、慌てて三人ともご機嫌を取ろうとしてきたけれど、わたしの機嫌はしばらく直ることはなかった。からかうにしても程度があるでしょーが!

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