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お願い、バルルークさん!

 食事を終えると、仕事があるからとサジさんは一足先にギルドへ戻って行った。


「カイ、お疲れ」

「ホントな、疲れるわ、あのテンション」


 いじられまくったカイがぐったりしている。でも楽しそうだったので、なんだかんだで好きなんだろうな、サジさんのこと。


「四刻までまだ間があるな。旅支度をするか」


 さっき一刻の鐘が鳴ったばかりだし、まだまだ余裕はありそうだ。


「前もしたね、支度、ここで」

「だな。もう半年前か? 早いもんだな」


 そっか、この世界に来てもう半年も経ったのか。なんだかついこの間のような気がするんだけど。


「早いね。カイ、毎日ありがと。いてくれて嬉しい」

「……っ、あ、うん」


 あれ、そっぽ向かれちゃった。言葉のチョイス間違えた⁇


「とりあえず、行くか」

「う、うん」


 そういえば、前ここを歩いたとき、置いてかれそうになって焦ったなぁ。初めてギルドに行った帰り道だっけ? ちょうどサジさんたち双子に会った後。まだ言葉がわからなかったわたしは、置いて行かれるのがすごく怖かったっけ。

 そう思ったときだった。


「ナギ、手ぇ貸せ」

「!」


 え、なに? 聞き間違い!?

 差し出された手に、思わずたじろぐ。なに、この夢みたいなシチュエーション!


「あ、あの」

「照れるな、こっちも照れるだろ。ほら、迷子になるぞ」


 ぶっきらぼうな声とともに、手首が取られる。くい、と引っ張られ足を進めると、するりと手をつながれた。

 ダメだ、心臓が口から飛び出しそう!

 今、顔を見られたくない。絶対真っ赤になってる。照れるなとか無理です!


 結局、買い物の間中、わたしはカイの顔が見れなかった。


 ※ ※ ※ ※ ※


「ナギちゃああああん!」


 あれ、これさっきもあった気が。

 ギルドの受付で、今度はラズさんに抱きしめられつつ、わたしは遠い目で双子の神秘を思う。わあ、ふっしぎ〜。


「やめろ変態」


 わたしに抱きついていたラズさんは、カイに引き剥がされる。


「はあ、女の子、柔らかくていいなぁ。おいしそう」

「おいしそう⁇」

「ナギ、こっちこい。そいつはさらに危険だ」


 すわった目で手をわきわきとさせるラズさんに危機感を覚えたカイが、わたしを自分の陰に隠してくれた。役得とばかりにわたしは袖をつかむ。


「ひどい言い草だなぁ。ここ最近イイ女の子がいなくてさぁ、飢えてんだよ。な、一口だけ! キスくらいいいだろう!?」

「よくない! ナギの前から消え失せろ変態」


 そういやカイはよく双子に“変態”って言ってるけど、どういう意味だろ?


「カイ、変態ってなに?」

「ラズとサジのことだ」

「お言葉ねぇ。ナギちゃんに変な言葉教えてどうすんのよ」


 カウンターの奥にいたサジさんも会話に参入してくる。

 なんだろう、この双子と絡むとカイがちょっと子どもっぽくなるなぁ。


「さあ、親父殿に用なんでしょ。ラズがいるってことはもう部屋にいるわよ。さっさといらっしゃいよ」


 サジさんがカウンターの奥の扉を開けた。


 ※ ※ ※ ※ ※


「バルルークさん!」

「ナギさん、久しぶりだのう。元気そうでなによりじゃが、嫌な目には遭っておらんか?」


 前に通された部屋へ行くと、バルルークさんがニコニコと笑って出迎えてくれた。


「はい、わたし元気。嫌なこと、カイがいたから平気だったよ」

「そうかそうか。いや、しばらく会わんうちに随分頑張って言葉を覚えたようじゃの」

「言葉、大事だから。お話できて嬉しい」


 バルルークさんと話していて思い出した。お礼、言わなくちゃ!

 わたしは胸元で揺れるペンダントを握りしめた。


「あのね、バルルークさん、ありがとう! 身分証の名前と、お守り。とても役に立った。わたし、危機一髪」

「危機一髪とな。こらカイ、どういうことじゃ!」

「……魔法使いに絡まれた。イザフォエールの領主だ。魔法を使われて、守護石が弾いてくれた」


 わたしの発言に気色ばんだバルルークさんは、カイをギロリとねめつけた。カイが説明すると、バルルークさんは、さほど高さの変わらないわたしの頭をなでてくれる。


「大変な目に遭うたんじゃのう。つらかったじゃろ。怪我はなかったか?」

「怖かったけど、カイとクロム、助けに来てくれた。安心したよ」


 バルルークさんはわたしに優しく微笑むと、カイに向き直った。青い目が鋭く光る。


「イザフォエールの領主というと、ザルツェ・ウェリンか。また面倒な相手に絡まれたもんじゃの」

「まあな。……ところでじっちゃん、ここに来たのは他でもない、頼みがあるんだ」

「ほほう。ナギさんと会ってからのお主は、わしのところに頼みごとを持ち込むようになったの。頼らずに自分だけでどうにかするクセは治ったのか」

「自力でどうにかできるならしてるさ。だが、イセルルートに関することはさっぱりだ」

「イセルルート?」


 バルルークさんは片眉を吊り上げた。編み込んだ髭をくいっと引っ張ってカイに問いただした。


「どういうことじゃ」

「ナギが帰れるかも知れない。ドルフィーで知ったんだが、“炎の魔法使い”エディ・マクレガーは、元の世界に帰還したらしい。帰還に必要なのは魔法陣と魔力、そして媒介だ。それを調べるためにもイセルルート大陸……特にヤークトに行きたい。だが、あちらへ渡る手立てもない上に、言葉の壁がある。頼む、力を貸して欲しい」

「……なるほど。お主の頼みじゃ、叶えてやりたいが……わしはここを動くことはできん」


 そう言うと、バルルークさんは思い悩むように目を閉じた。しばし沈黙が落ちる。


「一月、待てるか? イセルルートに渡るには船がいる。手配と守護魔法の準備に時間がかかる。言葉は通訳がいれば問題なかろう。少々性癖に難があるが、息子たちを連れて行け。あれらにはイセルルート共通語を叩き込んどる。……ナギさんの身は、お主が守れよ」


 青い目を再び開けると、バルルークさんはそう言い切った。

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