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まわりまわって出発点!

ドルフィーを後にしたわたしたちは、一路ニーニヤの街を目指した。ドルフィーからニーニヤは遠い。なにより国が違う。ラクトピアからパルティアへ。わたしたちは旅をする。幸いなことに、カイの実家には見つからないままだ。


季節は夏を通り越し、秋も深まっていた。


「もう少しでニーニヤだな」

「そっか。バルルークのおじいちゃん、元気かな」


毎日カイが練習に付き合ってくれているおかげで、だいぶわたしの言葉も上達してきている。ニーニヤを発ったときはまったく喋れなかったことを思うと、半年ほどで随分進歩したんじゃないかな。やっぱり好きな人が会話の相手だと、そこから学ぶのも楽しいよね。


「会うの楽しみだなぁ。わたし上手くなってるの見て、驚いてくれるかな?」

「ああ、きっとな。頑張ったもんな、おまえ」


褒められちゃった。えへへ、誰に褒められるより嬉しい!


そうこうしているうちに、前方に森が広がってきた。今まで草原地帯が続いていたから、景色が変わるのは見ていて楽しい。


「あそこが、“迷いの森”だ」

「迷いの、森?」


わたしは改めて森を覗いてみた。迷うほど深いかなあ? あ、樹海みたいにコンパスが効かないとか?


「なんで“迷いの森”なんだろね?」

「迷うような森でもないしな。……あのな、ナギ、おまえが現れたのはあそこだ」

「うん?」


あそこが、わたしが最初にいた場所。

広くもなく、狭くもない、多少こじんまりとした森。草原地帯に突如現れるそれは、上空から眺めると結構目立つ。


「だから、“迷いの森”の“迷い”っていうのは、もしかしたら“時空の迷い人”が現れる場所っていう意味かもしれない」


なるほど。確かにそう言われたほうが納得できる。入った人が迷うのではなく、迷い人が現れる森。だとしたら、誰が名付けたんだろう。


「あそこで、初めて会ったんだよね」

「そうだな」


あそこが、カイとクロムに初めて会った場所。

クロムにつかまりながら、わたしは懐かしい気持ちで森を眺めたのだった。


迷いの森を通り過ぎると、ニーニヤの街が見えてきた。時間を知らせる鐘が吊るされている高い時刻塔や、オレンジで統一された家々の屋根が、なんだか可愛い。

ニーニヤの街は、ぐるりと高い塀で囲まれていた。城塞都市とでもいうのだろうか。一定以上の規模の街は、こんな風に塀で囲まれて、門で出入りをチェックしているところが多い。


バサバサと翼の音をさせながら、クロムが城門の前に降り立った。門番のおじさんは驚く様子もない。さすがプロ。


街に入ると、カイはギルドに直行した。前回もそうだったけれど、ここはいつでも人がいる。今日も鎧を着込んだいかつい人たちがカウンターの窓口に並んだり、壁の依頼票を眺めたりしている。

奥のカウンターを見ると、いつぞやのメガネさんがいた。今日は彼の窓口にも人が並んでいる。ようやく読めるようになった文字を見ると、どうやらあそこは依頼終了受付らしい。


カイは総合受付と書かれた窓口の列に並ぶ。こちらの窓口の担当は、赤茶色の髪をしたお姉さんだ。ちょっと垂れた目と、目尻のホクロが色っぽい。


「ニーニヤの職業ギルドへようこそ! 今日はどのようなご用件ですか?」

「ギルマスへの面会をお願いしたい」

「バルルークは外出中ですの。夕方にならないと戻りませんが、それでもよろしいでしょうか?」

「かまわない」

「それでは身分証をご提示ください。はい、ちょっとお預かりしますね。……はい、受付させていただきました。それでは紅月シュナの四刻頃にまたおいでください」


お姉さんはテキパキと処理をする。

こちらの時刻は、だいたい一時間が一刻で、蒼月フェリアが六刻、太陽マルクトが六刻、紅月シュナが六刻、トゥーリが六刻で、計二十四時間らしい。

なので紅月シュナの四刻というと、むこうでいう夕方の四時くらい? 今はお昼--太陽マルクトの五刻から六刻というところだから、お昼ごはんを食べたり、食料や消耗品を揃えたりしていたらすぐだろう。

カイも同じことを考えていたようで、こちらを見ると食事に行こうと声をかけてきた。


「ナギちゃああああん!」

「うひゃあっ!」


その申し出に頷こうとしたとき、背後から誰かに抱きつかれた。うしろを振り向きたくても、身体をがっしり抱きしめられて身動きが取れない。横目で見ると、肩口に誰かの金髪が見えた。


「カイ、カイ、助けてっ!?」

「サジ、ナギを離せ」


助けを求めるのと、カイがその人物を引き剥がすのは同時だった。


「サジ、さん?」

「まああっ! 覚えていてくれたの!? アタシ嬉しいっ!」


いえ、あなたみたいな濃ゆい人は、大概の人が忘れられないと思いますが。

わたしは両頬に手をやって感激するオネエ、もといサジさんに挨拶をした。


「久しぶり、です」

「うん、久しぶりね。六ヶ月と三日ぶり? 会えて嬉しいわぁ!」


うふふ、とサジさんは蜂蜜色のまつげをパチパチさせた。


「なぁに、また親父殿に用? あの人今ラズと一緒に商業ギルドへ行っててねぇ、紅月シュナの三刻には帰ってくる予定よ」


あれ、四刻じゃないのか。ああ、でも時間通りに帰るとも言えないから、窓口のお姉さんは来客であるわたしたちには四刻って言ったのかな?


「そのようだな。じゃあな、サジ」

「ちょっと待ちなさいよ。アンタだけナギちゃん独り占めとかうらやましすぎるでしょ! 大体アタシたちになにも言わず姿を消して、どういう了見よ。そんなにナギちゃんアタシたちに見せたくないわけ!?」

「おまえらに近寄せたくなくて当然だろうが、この変態双子がっ!」

「ずるーい! だからオトコってイヤなのよ! 可愛い子はみんなで愛でてナンボでしょ!」


わたしの肩を抱くようにしてサジさんから遠ざけたカイは、そのままさくっと逃亡を図ろうとしたけれど、ジト目のサジさんにすがられてあえなく断念する。


「アンタたち、これからお昼でしょ。アタシも行くわ!」


サジさんはカイからわたしを奪おうとしたものの失敗し(カイ、防衛ありがとう)、その代わりというようにウインクした上にキスまで投げてきた。相変わらず濃すぎる人である。

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