また一緒に旅をしましょう!
世界が敵になる。今そう聞こえた気がして、わたしはカイに確認してしまった。リスニングを間違えた……んだよね⁇
「世界、敵? わたしの?」
「そうだ。どんなにいい奴でも、状況によっては態度を変えるだろう。おまえにはそれだけの価値がある」
わたしの、価値。
わたしは今までの道程を思い返した。カイはニーニヤの街を出てから、なんだかいろいろ考え込んでた。宿には泊まらなくなったし、できるだけ人との接触を絶ってたみたいだった。
全部、わたしのためだったんだ。なにかの拍子に迷い人であることがバレたら。魔力が他人に渡せることがバレたら。カイは見えない部分でもずっと、わたしを守っていてくれたんだ。
「最初、攫われてきた魔力持ちの子どもだと思った。まさか迷い人だとは思わなかった。……魔法の使えない迷い人の末路は酷い。俺はこれ以上“彼女”と同じ境遇の迷い人を作りたくない」
カイはまっすぐわたしを見つめながら言葉を続ける。
「だから、ナギには無理ばかり強いてしまって本当にすまない。こんなおっさんとの旅なんてつらいかもしれんが、こらえてほしい」
「カイ、わたし一緒嬉しい。旅いつも楽しい。つらい、ない」
わたしは強く首を振って、全力でカイの言葉を否認した。だってカイとクロムとの旅は楽しい。本当に一緒にいていいなら、わたしだってその方が嬉しい。
「一緒がいい。一緒いたい」
さらに言い募ると、カイがびっくりしたように目を丸くした。
「あー、うん、そうだな。ありがとな」
そっぽを向いてぶっきらぼうな口調で言う。え、なんでいきなりそっけない態度?
「ん、そんじゃまあ、また明日からよろしくな」
「よろしく頼む、カイ、クロム」
野営を始めたときはさよならを言わなきゃって緊張してたけど、また明日からも一緒に旅ができるなんて夢みたいだ。わたしは肩の荷が下りたようでホッとしていた。
カイとの会話が終わったタイミングで、クロムがわたしの側へと寄ってきた。よかったね、と言うように顔を擦り付けてくれる。以前一度舐められたのだが、異世界でもネコ科の舌はザラザラのようで痛かった。カイがとめてくれた後は舐められることはなくなったのだが、それ以降、その大きな顔を擦り付けてきてくれるようになったのだ。
「クロム〜、これからよろしく〜」
ぎゅっと頸に抱きつくと、慣れた様子で、いつものようにクロムが丸くなって包んでくれた。
明日からもこんな日が続くんだ。それはとっても幸せなことだった。
わたしは心も身体もあったかくなったまま、眠りについた。
「……クロム、無意識って最強だな」
「がぅ」
※ ※ ※ ※ ※
「そうか、失敗したか」
老伯爵は配下の者の報告を受けて、静かに首肯した。
「しかし、戻った者の報告では、ご子息がその娘と同行しているのはたしかなようです」
「もうよい、一旦下がれ。しばらくはあやつも警戒しておろう。しばし間をあけてから、再度襲撃を。次も娘が一人のときを狙うがよい」
老伯爵の指示を受け、配下の男は退出した。伯爵は、意味もなく手にしていたグラスをくるりと回す。ふわりとワインの馥郁たる香りが広がるのをそっとたしかめ、ゆっくりと口に含んだ。
「迷い人、か」
老伯爵は開け放った窓から見える双月を仰ぐ。
「その血は、また我らに繁栄をもたらしてくれる。他の一族に取られる前に、必ず手中に収めてみせる。カイアザールよ、邪魔をするなら容赦はせん」
昔から迷い人にこだわっていた息子に思いを馳せ、老伯爵は瞼を伏せた。三人いる息子の中で、薄いとはいえ唯一その恩恵に預かった次男は、あるときを境に迷い人にこだわりを見せ始め、家を嫌い、とうとう勝手に出奔してしまった。
「今まで勝手を許してきたが、そろそろおまえもこのディルスクェア家に貢献する時期だ」
迷い人の恩恵を受ける息子と、新たな迷い人の娘。二人を娶せれば、強い魔法使いが産まれるだろうか。
老伯爵はまだ見ぬ未来を思い描き、愉しげな嗤い声を響かせた。




