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わたしをすくい上げる、あなたの手。

 食事を済ませると、あとはもうやることがなかった。なのでわたしは勉強に精を出すことにした。膝の上にノートを広げ、覚えた単語を日本語で書き込んでいく。あ、もしよかったらこっちの言葉で書いてもらえないかな?


「カイ、これ……」

「ん? これ、おまえの国の言葉か?」


 ノートを見せると、カイは興味深そうに覗き込んできた。ひとつひとつ指して発音する。その後、ノートをカイの方へ向けてお願いしてみた。


[こっちの言葉で書いて?]

「書くのか?」

「そうだ」


 ペンも一緒に渡すと、カイはスラスラと書き込んでくれた。


「ありがとう!」


 ありがとう、これでパーフェクトなノートになりました。


「カイ、書くのか? これ」


 一番大事なことを忘れていた。わたしはノートにカイをはじめ、出会った人の名前を書いていく。その下にこちらの文字でカイに書き込んでもらうようお願いした。


「名前か。俺の名はこう書く。クロムはこうだな」


 ペンを走らせていたカイが、ふと顔を上げた。


「ナギの名前はどう書くんだ?」


 わたし?

 カイに促され、わたしはカイの名前の横に自分の名前を書いた。


[川浪凪沙。川浪が姓で、凪沙が名前ね。こっち風に言うならナギサ・カワナミ]


 おだやかな人生を送れますようにって、お父さんがつけてくれた名前。……まあ、波乱万丈になってますが、現在。まさか娘が異世界に行くとは思わなかっただろうな、うちの親も。


「カ、イ」


 枝を拾って地面に真似て書いてみる。英語でも日本語でもない文字。うまく書けてるかな。


「ナギ、サ」


 わたしの行動を見てたカイも、同じようにわたしの名前を書いてくれた。さんずいと少の間があいてしまってるのはご愛嬌だ。


「えへへ、ありがとう〜」


 なんか異世界の人間である自分の存在を認めてもらってるようで、無性に嬉しかった。“ナギ”ではない、“凪沙”を。


 嬉しかったので、わたしはスマホを取り出して記念写真を撮ってみた。ついでにカイとクロムの姿も写す。


[写真撮ろっ!]

「なんだ⁉︎」


 カイの隣に回り込んで、自撮りモードにカメラを切り替える。


「鏡か?」

[はいチーズ!]


 シャッターを切ると、スマホに笑顔のわたしの隣に怪訝そうなカイが並んでいた。


「なんだ、これは? 絵……いや違うな、鏡のような絵だ。すごいな、ナギの世界は」

[写真っていうんだよ〜。これはスマートフォン。携帯できる電話ね]


 今撮った写真をカイに見せると、ものすごく驚いていた。こっちにはこういう写真とかカメラとか電話ってないのかな?

 名残惜しかったが、スマホの電源を落としてしまい込む。充電器も電気もないここでは、できるだけ使わないに越したことはないだろう。


 スマホとノートをしまい、のびをする。空には二つの月。日本より星がくっきりしている。スピカも北斗七星もないのが不思議な気分だ。でも、別世界の空にも星がある。宇宙もあるのかな。


「まだ夜は冷える。着てろよ」


 空を仰ぎ見ていると、バサッと視界が奪われた。毛布越しに頭をなでられる。


[うん、あったかいね]


 ぽふっと毛布から顔だけ出して、わたしは笑って見せた。あったかかった。ともすれば沈みそうになる心をすくい上げる、その手が。


 ぱちり、と焚き火が弾ける。火の粉が舞って綺麗。

 ゆらゆら揺れる炎と影を見ていたら、いつの間にかわたしは眠っていた。

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