旅に出るんですか⁉︎
ジョブチェンジに失敗したわたしは、カイに連れられてギルドを後にした。有無を言わせない強さでわたしの手を引くカイはちょっと怖い。いやだいぶ怖い。
無言のカイにつられて、わたしも口を閉じていた。ドナドナド〜ナ〜ド〜〜ナ〜〜。つい、頭の中で売られていく仔牛の歌が流れてしまう。
どこ、行くのかな。わたしたちは無言のまま、昨日通った飲食店の通りを抜け、また違う道に入る。露天商や看板を掲げた店舗なんかがあるこの道は、なんだか雑然としていた。布や服、薬っぽいものに食料、日用品。なんでもありの様子だ。
「ナギ、旅支度をするぞ」
「旅支度をする?」
「ああ、おまえの着替えや毛布、食器に加えて、当座の食料も必要だ」
やっとこさ口を開いたカイは、そう言うと比較的大きめな店舗の扉を開けた。どうやら洋服屋っぽい。え、昨日メルルさんにもらったのじゃダメなのかな? いや、着替えは欲しいんですけども。
「いらっしゃいませー」
「すまない、彼女に合うブーツとマント、それと服を一揃い頼む。丈夫なもので」
おっとりした感じの店員さんに声をかけ、カイはわたしを前に押しやった。
「そうですねー、お嬢様にはこちらなどいかがですかー? ホラ、金具がお花の形になってるんですー。スカートと合っててかわいいでしょー?」
のんびりと店員さんは話すが、手は素早くマントを選んでわたしに着せかけ、襟元の留め金を留めつけていた。手早いな! しかしなんで皆花モチーフ推しなんだ。流行り?
「ブーツはここらへんどうですかー? マントとお揃いなんですよー。よし、サイズぴったり! あたしすごい!」
マントとブーツをコーディネートして、店員さんは満足げに頷いた。姿見をこちらに向けてくれたので、わたしはようやく今の自分の格好を視認できた。
生成のシャツに花の刺繍の入った薄藍のミモレ丈ワンピ。キャメルのケープにブーツ。シルエットはAラインでシンプルなんだけど、ところどころに花モチーフが使われていて可愛い。
……大丈夫? 可愛すぎて似合ってないとか思われたりする?
いや、でも旅の恥はかき捨て。見た感じそれほど見苦しくはなさそうだし、たまには可愛いの着ても、いいかな。いいよね? いいともー!
久しぶりに着たスカートを始め、可愛いアイテムに囲まれて、わたしはちょっぴりテンションが上がった。
「服はこれなんかどうですかー。お嬢様は細身でいらっしゃるので、胴回りは絞めたほうが可愛いですよー!」
テンションが上がったわたしより更にハイテンションな店員さんは、ぴらりとピンクのワンピースを取り出した。う、更に可愛いアイテムが出てきた! レースふりふりにリボンひらひらは、さすがに気恥ずかしいよ!
首を横に振ると、わたしは身につけてるメルルさんのワンピをつまみ、意思疎通を図る。
[こんな感じのシンプルな形がいいです]
「あら、お嬢様イセルルート大陸の方ですかー? パルティアでは今このボリューミーなドレスが流行りなんですが、シンプルなほうがお好みでー?」
葡萄茶色の、もっとすっきりしたデザインのワンピースを手に取り、店員さんはわたしの肩に当ててきた。シックな雰囲気のそれにも、やっぱり花の意匠が凝らさらている。うん、これのがいいかな。
「そうだ」
「うふふ、お気に召していただけたみたいでなによりですー。ではお客様、お会計はこんな感じで」
覚えたての言葉でわたしがOKを出すと、店員さんはカイに紙を手渡した。すみません、いつか返します! だから今は貸しにしといてね!
会計を済ませ、次の店に行く。日用品が置いてある店舗で、今度は携帯できる毛布と食器を買う。ん? もしや旅にでもでるの? そして毛布はサイズからしてカイのものじゃないっぽいし、服やケープ、ブーツも用意したということは、もしかしてわたしの旅支度?
「カイ、旅支度をする?」
「そうだ、おまえのな。これからニーニヤを出てまた旅をする」
「にーにゃ、出る?」
「猫の鳴き声みたいだな。ニーニヤ、だ」
「ニーニヤ!」
この街を出るのかと聞いたところ、ビンゴだった。そしてこの街の名前はにーにゃじゃなかった。それもそうか。
その後わたしたちは食料と調味料なんかをいくつか買い込み、ギルドへ戻った。
「ギルド、行くぞ?」
「ああ、ちょっとギルマスのじっちゃんに用があってな」
「ギルマスのじっちゃん」
「バルルークだ」
なるほど、あのおじいちゃんに用なのね! またあのおかしな双子のおっさんもいるのかなぁ。
ギルドで前に案内してくれた眼鏡さんに再度案内され、わたしたちはバルルークのおじいちゃんに再会した。おじいちゃんは忙しいらしく、執務室のような場所で書類に判を捺している。
「なんじゃ、こ忙しいときに来客だとメセドが言ってきたかと思えばカイ、お主か」
「悪いな、ちょっとばかし用ができて街から出るもんで。ナギのことでなにかわかったなら、連絡をくれ。ところどころでギルドには寄る予定だ」
「そうか。ところでカイ、先ほど練習室を利用してたようじゃが、ナギさんは魔法が使えたかな?」
「……いいや。だから魔法使いの連中に目をつけられないよう身を隠す。過去の迷い人のように囲われちゃ可哀想だしな」
カイと会話しながらも、おじいちゃんはどんどん書類を裁いていく。
「ナギさん」
[はいっ]
おじいちゃんはふと手をとめると、わたしを見た。つと引き出しを開き、なにかを手に取る。
「旅の幸運を。ささやかじゃが、わしからの贈り物じゃ」
「ありがとう!」
おじいちゃんは不思議な模様が刻まれている蒼い石のペンダントをくれた。涙型のそれは、おじいちゃんの目の色によく似ていた。
「お守りじゃよ。危ないときにお主を護ってくれよう。急ごしらえで悪いがの。カイは剣の腕はたつが、魔法はからきしじゃ。なにかあったときに少しは役に立つじゃろうて」
「じっちゃん、悪いな、恩にきる」
「ギルマスのじっちゃん、ありがとう! 恩にきる!」
嬉しかったのでもう一度お礼を言うと、おじいちゃんもメルルさんみたいな心底残念そうな顔をした。
「カイよ、も少し言葉遣いに気を遣ってやらんか。ナギさんが不憫じゃ」
「……メルルにも言われたよ、同じことを」
おじいちゃんの言葉に、カイが苦笑した。




