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ロイユーグさんにありがとう!

 翌日、帰り支度をしていたわたしは、帰る前にお世話になったお屋敷の人やカイの家族に挨拶をカイにお願いすることにした。


「父には会わないほうがいい。兄は……うーん、まぁ少しなら時間を取ってもらえるかもしれんが……いや、大丈夫だ。思い返せば大きな貸しがあるんだった。必ず時間は取らせる」


 お願いされたカイは、なんだか微妙な表情だ。

 そういえばお義姉さんが出産直前なんだっけ。忙しいのかな。そんなときに時間を取ってもらうのも悪いかも。


「お兄さん、忙しいなら無理は言えないんだけど……」

「いや、今は休みをもぎ取って屋敷にいる。おまえが寝込んでる間に姪が産まれたからな。この休みを取るために俺が付き添いを頼まれて、そのせいでおまえを失いかけたんだ」


 まさか見られて誤解されるとは思わなかった、とカイが呻いた。どうやらお義姉さんの外出に付き添いできなかったお兄さんに頼まれて出かけたところを、ちょうどわたしが目撃したらしかった。その節は迂闊にも勘違いしてごめんなさい。


「本当にごめんなさい。カイを信じてないわけじゃなかったんだけど、こっちに帰れて浮かれてたところに他の人と仲よさそうにしてるカイに遭遇して、さらにロイユーグさんの話をお兄さんの存在忘れて聞いちゃったものだから、てっきり間に合わなかったんだってショック受けちゃって」

「いや、話を聞いて納得した。間が悪かったんだな。まさかむこうと時間の流れが違うとは思わなかったから、おまえがショックを受けるのも仕方ないよ」


 わたしの謝罪に、カイは寛大なところを見せた。浅慮な彼女で申し訳ない。


「アルディスと兄は小さな頃に婚約してな、俺も幼い頃一緒に遊んだから見知った間柄だったんだ」


 そっか、幼なじみだったんだ。それならあの完全身内扱いな表情も頷ける。


「まぁ、まずロイに会うか。兄には時間を空けさせる」


 カイは机の上にあったベルを強く鳴らした。しばらくして現れたメイドさんにお兄さんへの言伝を頼むと、わたしに手を差し伸べる。

 ロイユーグさんか。お礼言わないとな。


「そういや、ナギはどうやってこっちに帰ってきたんだ?」


 ロイユーグさんのところへ移動する道すがら、カイが尋ねた。


「あのね、アヤちゃんのおばさんが魔法陣をくれて、それで帰ってこれたの」

「魔法陣? むこうにも魔法使いがいるのか?」

「うーん、普通はいないんだけど、思いがけなく身近にいたというか……部屋に着いたら見せるね」


 わたしは皆の写真を見たカイの反応を思ってニヤニヤした。絶対驚くよね!


 ロイユーグさんの部屋はすぐそこだった。ちなみにわたしが寝かされていたのは昔のカイの部屋だったらしい。二十年近く訪れてないって言ってたけど、それでもお部屋を残しておくなんて、お父さんに大事にされてたんじゃないかな。お父さんを嫌っているっぽいカイには言いづらいけど。


「ロイ、入るぞ」


 応えがある前にカイは扉を開く。


「兄上……ナギさん! もう大丈夫なのかい?」


 無作法な兄をたしなめようとしたのか、ロイユーグさんはムッとした顔をしてたけど、わたしの姿を見つけるとパッと笑顔を浮かべてくれた。


「はい、ロイユーグさんには色々迷惑かけちゃってごめんなさい」

「いえ、君が元気になってよかった。なかなか熱が引かないから心配したんだよ」


 わたしが逃げ出した後、ロイユーグさんは追いかけると共にカイに遣いを出したらしい。なかなか見つからないわたしを探しつつカイと合流して、その後カイが迷いの森に目当てをつけて、魔力を目印に探してくれたそうだ。


「兄上が見つけたんだけどね、崖の下に落ちていたって聞いたときは血の気が引いたけど、怪我もなくてよかったよ」


 怪我、なかったんだ。すごいな!

 ……と思ったんだけど、カイの目配せを受けて理解した。あれだ、ロイユーグさんが来る前にわたしの魔力を使ってカイが治してくれたんだろう。


「でも、君迷い人だったんだろう? むこうに帰ったと聞いたときもびっくりしたけど、よくまたこっちに来れたね」

「あ、それは、むこうに協力してくれる人がいて」


 わたしは肩にかけた鞄から、むこうで撮った記念写真を取り出す。ラミネート加工してあってよかった。他の荷物も、お姉ちゃんとお義兄さんによって濡れないように梱包されてたのが功を奏して、そのほとんどが無事だったんだよね。当初そんな厳重な梱包いらないんじゃ……なんて思った妹でゴメンお姉ちゃん。


「あのね、これわたしの家族と、親友の家族」


 二人とも、どんな顔するだろう。

 ちょっとワクワクしながらわたしはカイに写真を渡した。そこに写るアヤちゃんの両親を指差す。


「こっちに帰るのに力を貸してくれたのが、アヤちゃんのおじさんとおばさんだったの。エディ・マクレガーとエリカディア姫だよ」

「はぁ!?」

「ええっ!?」


 あ、やっぱり驚いた! だよね! まさか二百年前の英雄が生きてるとか思わないよね!


「エディ・マクレガーって……“炎の魔法使い”の?」

「まさか! だって彼が生きていたのは二百年も昔……」

「そう。カイには話したけど、むこうとこっちって時間の流れが違うの。わたしもまさか伝説の人が知ってる人だと思わなかった」


 カイとロイユーグさんは、手元の写真をまじまじと眺めた。


「エディ・マクレガー……まさか生きてるとは」


 ふふ、この驚いた顔が見たかったんだよね! 同じ気持ちを共有してもらえて、わたしは満足です。


 ロイユーグさんとはしばらくお話していたけど、お客さんが来るということで早々にお暇することになった。なんでも久しぶりに帰国したこともあって、お友達がちょこちょこ会いに来るそうだ。そっか、あのときのメイドさんが話してたのは、そんなお客さんのことだったのか。


「それじゃ、本当にありがとうございました」

「まぁここに来ることもないと思うから、なにかあったらニーニヤに来い」

「兄上……相変わらずの実家嫌いですね」


 ロイユーグさんは苦笑しながらも、旅立つわたしたちを暖かく見送ってくれた。

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