愛と青春の旅立ち!
写真撮影は、いつも家族だけだけれど、今回はアヤちゃん家族も一緒だった。
「こういうところで撮影ってはじめてだね!」
おじさんが妙にはしゃいでいる。
「アヤちゃんとこ、家族写真とか撮らないの?」
「撮るよ〜。でも、お母さんがね、あまり他の人に撮られるの好きじゃなくて、いつも三脚かお父さんが撮ってる」
え、それは悪いことしたかも!
慌てておばさんを振り返ると、ニコニコと笑顔を返してくれた。
「大丈夫よ。ちょっと緊張しちゃうだけだから。それにおばさんも、ナギちゃんとのお写真欲しいし」
「あたしもこういうとこで撮るの、夢だったし。凪沙は気にしなーい! ね、お母さん、あたしも成人式の写真、ここで撮りたいな。いいでしょ?」
アヤちゃんがわたしに罪悪感を抱かせまいとしたのか、おばさんにおねだりをしだした。ごめんね、アヤちゃん。気を遣わせちゃって。
わたしのために無理矢理予定を変えて付き合ってくれる人たちに、本当に申し訳なく思う。
「凪沙、付き合わせて悪いな〜なんて思ってないでしょうね? あのね、付き合わせてるのはあたしたちなのよ?」
「そうそう、凪沙は早く彼のとこに行きたいんでしょ? お父さんのワガママに付き合ってるのは凪沙なんだから、そんな辛気臭い顔しなーい!」
考えが顔に出ていたのだろう、アヤちゃんがわたしの頬を突いた。お姉ちゃんも逆側の頬を摘む。
「お姉ちゃんとお義兄さんは、いきなり言われたから普段着でしょう? 付き合わされて嫌じゃないの?」
「面白いじゃない、振袖のあんたの隣にカットソーとデニムのわたし。ネクタイ締めたお父さんの脇に、ニセネクタイな格好の桐くん。思い出深い写真になるわね!」
めっちゃウケる!と、お姉ちゃんは心底楽しげにケラケラと笑う。その隣でお義兄さんもニコニコしているけど……本気でそう思ってるお姉ちゃんはいいとして、お義兄さんはいいんだろうか……?
「ホントにネクタイ締めると暑いから、この格好でいる大義名分があるっていいよね。それに、あとから見て凪沙ちゃんが急に異世界に行く!って言い出したときのアレだなぁって思い出せるから、いいと思うよ?」
そう言ってお義兄さんは、ネクタイがプリントされたトロンプルイユのシャツを引っ張って見せた。
そうそう、異世界云々っていうのは、結局お姉ちゃんによってバラされたんだけど、お義兄さんは「そうなんだ、よくあることだよね」と軽く流してしまったのだ。よくある……ことなんだろうか。この夫婦はたまに考えが読めない。
「さあ、撮影しちゃいましょ。凪沙!」
お母さんが手招きする。有村のおじさん--お父さんのお友達で、この写真館のご主人だ--がカメラをセッティングするのを見つつ、フカフカの椅子に座ったわたしは、大好きな家族に囲まれた。
※ ※ ※ ※ ※
写真はあっという間に撮り終えた。あとはこれの仕上がりを待つだけ。
その間、わたしはお姉ちゃんたち夫婦と買い物に行ったり、大学を休んだアヤちゃんと一日中話し込んだり、一人暮らしの部屋で引っ越しの準備をしたりして、日々を過ごした。
そして写真を撮ってから四日目。この世界に帰ってきて一週間が経った日のこと。
「おはよ〜ぅ! 凪沙開けて〜!」
「お姉ちゃん!?」
来客を知らせるインターホンのモニタには、自宅に帰って出勤しているはずのお姉ちゃん夫婦が映し出されていた。
「どうしたの?」
二人とも出勤途中といった格好をしているので訊くと、お姉ちゃんがぎゅっと抱き着いてきた。
「お父さんからさぁ、凪沙が今日行くって聞いたから、桐くんと午前休取って会いに来ちゃった!」
今日⁇
お姉ちゃんにそう言われて、お父さんが平日なのにお休みした理由がわかった。
「凪沙ちゃんのだけ、早く仕上げてもらったらしいよ」
びっくりしているわたしに、お義兄さんがそっと教えてくれた。
「はい泣かな〜い! 最後は笑顔で! いいね!? さて、そしたらアヤちゃんたちも呼ぶかね〜。お母さんがおばさんに話してくれてるはずだから、皆いると思うよ?」
涙腺が緩みかけたわたしの頬を摘むと、お姉ちゃんはニッと笑って見せた。
そのままスマホを取り出して電話をかけはじめる。多分相手はアヤちゃんだろう。かすかに漏れ聞こえる声は、聞きなれた彼女のものだ。
「すぐ来るって。写真はもう届いた?」
「わかんない……お父さん!」
リビングにいるお父さんのところへ、お姉ちゃんとお義兄さんと行くと、お父さんがリビングボードから封筒を取り出すところに遭遇した。
「昨日の夜、有村さんが届けてくれたの。凪沙のは装丁なしの普通写真にしてもらって、ラミネート加工したその足で持ってきてくれたのよ」
少しでも早い方がいいものね、とお母さんが少しさみしそうに笑った。
「凪沙、準備をしなさい」
「早くしないと遅れるわよ!」
小さい頃、よく言われたそのセリフに、思わず涙が出た。
準備? もうとっくに済ませてる。あとはこちらへ戻ってきたときに身につけていた、あの曰く付きなドレスに着替えるだけだ。最初あれは置いていこうかと思ったけれど、こちらの服装はやはりどうしても目立ってしまうので、むこうに馴染む服として着ざるを得なかったのだ。
「今する!」
階段を駆け上がって自室に飛び込む。この部屋とも今日でお別れ。感慨深いけれど、感傷に浸っている時間が惜しい。
わたしはクロゼットに吊ってあった薄桃色のドレスを手早く身につけ、髪をほどく。カイの指輪はこちらにきて初めて指に通した。
もうすぐ会えるんだ。おじさんはカイのところに出るって言ったけど、すぐ会えなくてもギルドを通して連絡すればきっと会えるはず。
わたしは革製の鞄を手に取ると、部屋の扉を閉めた。
さよなら、わたしの育った家。もうここには戻らない。こっちの世界へ戻るには媒介はいらないとわかったけれど、こちらからむこうに行く手段は、今わたしの手にあるこの魔法陣と魔石だけだ。
だから、わたしは戻らない。カイと、二度と離れたくないから。
意を決して階段を降りると、アヤちゃんファミリーも揃っていた。
「凪沙、なにそのドレス! すごくない?」
「お姫様っぽいね! あれ、でもコルセットとかクリノリンとかはない感じ?」
アヤちゃんとお姉ちゃんは同性の気安さでスカートをめくったりウエストを触ったり、思い思いにドレスの様子を確かめていた。
「コルセットは準備されてたけど、逃げるのに苦しかったから着なかったんだ。むこうのドレスはペチコートが何枚かあるだけで、クリノリンやチュールで膨らましたりはしてなかったよ」
「へぇ〜! いや、異世界って感じだね!」
お姉ちゃんがよくわからない感想を漏らした。
「凪沙、これを持って行け」
「幸せになるのよ?」
写真を持ったお父さんとお母さんが、それぞれ抱きしめてくれた。
「いってらっしゃい! むこうからなんか送れるなら送って! 名産品とか!」
「マナは無理言うね。凪沙ちゃん、幸せにね」
続いてお姉ちゃんとお義兄さん。さすがにお義兄さんは抱きつきはしなかったけれど、頭を優しく撫でてくれた。カイを思わすその仕草に、胸が苦しくなる。
「ナギサ、気をつけて」
「エディの魔法は間違いないから、必ずむこうにつけるわ」
おじさんとおばさんが手を握って別れを告げた。
「凪沙」
「アヤちゃん……」
わたしの目の前に立ったアヤちゃんは、泣き笑いの表情を浮かべた。
「こんなに可愛くて一途なあたしより、カイって奴を選ぶんだから、幸せにならないと許さないからね!」
「うん」
「あと、帰りたくなったら帰ってきなさいよ! おばあちゃんになってても、あたしは大歓迎よ!」
「アヤちゃんだけ若いの? それはイヤだなぁ」
「凪沙はおばあちゃんになっても可愛いわよ! いいわね? いつでも帰ってきていいんだからね⁇」
もしくは押しかけるのもアリね、と嘯くアヤちゃんに、わたしは笑ってしまった。
「それじゃ、行くね」
名残惜しかったけれど、いつまでもこうしているわけにもいかない。
わたしは皆から離れると、掃き出し窓から庭に出た。
真ん中におばさんからもらった魔法陣を置く。
「今までありがとう! 行ってきます!」
涙を拭って自分にできる最高の笑顔を浮かべると、わたしは魔法陣に向かって魔石を投げつけた。
魔石が魔法陣に触れた瞬間、皓い光があたりを包み--
視界が光に満ちた。




