mission:両親を攻略せよ!(2)
わたしは「川浪」の表札がかかっている門の前に立った。アヤちゃんのお家に行く前には簡単に開けられた玄関の扉が、今は難関ダンジョンの入り口にも見える。
でも、いつまでも怖気付いてはいられない。こうしている間にもむこうの時間は非情にも流れていっているのだ。
この想いを諦めないのなら、戦うしかない。
「ただいま!」
鍵を開け、意を決してドアハンドルに手をかける。
リビングにはすでに帰宅していたお父さんがいた。
「お父さん、ただいま!」
「おかえり、凪沙。正月ぶりだな」
「そだね、ゴールデンウイークは帰らなかったからね。ごめん、久しぶりで」
お父さんはテレビを消すと、ダイニングの方へ移動してきた。
「凪沙、このお皿並べちゃって」
「はーい」
この日常が愛おしい。けれど、きっともう今回の帰宅が最後。
「あのね、お父さんお母さん。ごはん終わったら大事な話があるの」
「……わかった。とりあえずメシにしよう」
含みをもたせた言葉に、お父さんはなにかを感じ取ったようだった。お姉ちゃんが結婚報告したときもこんな風だったから、きっとそれだと思ったんだろうな。
うん、近いんだけど、少し違うんだ、お父さん。
わたしたちは当たり障りのない会話を交わしながら、お母さんの作った夕ご飯を食べた。わたしの大好きなしめ鯖の押し寿司。大葉を入れてあったり、生姜や胡麻が混ぜてあったり、軽く炙られてたりと、同じ押し寿司でも趣向を変えてあるのが好きだったな。
一人暮らしを始める前に色々習ったけど、この押し寿司はあちらの世界では作れないだろう。
「ケーキ、食べる? 明日真波たちが来てからでもいいかな〜とも思うんだけど」
「楽しみだけど、真波と桐都くんを待とうか」
ごはんが終わった後、お母さんがわたしとお父さんに尋ねる。正直お腹いっぱいだったので、わたしはお父さんに倣うことにした。
「で、話って?」
お母さんが入れたお茶を飲みながら、お父さんが口火を切った。どうしよう、すごく緊張する。
でも、ためらう時間なんてない。一分一秒が惜しいのだ。信じてもらえるためにも、了承を得るためにも、わたしは包み隠さずすべて話すことにした。
※ ※ ※ ※ ※
「…………」
すべてを話したあと、長い長い沈黙がダイニングに降りた。
お父さんもお母さんも、なにも言わない。
「信じ……られない?」
さすがに異世界がどうのっていうのは厳しいかな。わたしだって自分が行かなきゃ、現実に誰かがそんな体験するとか思わないし。
「……凪沙」
「はい」
ため息混じりにお父さんがわたしの名前を呼ぶ。
「大学はどうするんだ。やりたいことがあるんじゃなかったのか」
「ごめんなさい。こうなった以上、大学は辞めざるを得ないです。やりたいことはむこうで叶えます」
学費に一人暮らしの費用。かなりの負担をかけたというのに、わたしはそれを切り捨てようとしている。親としては許せないと思う。
「今じゃなきゃ駄目なのか」
「むこうとこちらでは時間の流れが違います。大学卒業まで待っては、わたしはもう彼には会えないかもしれない」
「むこうの世界を諦める気はないんだな?」
「ありません」
わたしの返事に、お父さんが深いため息をついて俯いた。再び、ダイニングは静かになる。
十分くらい沈黙したのち、お父さんは口を開いた。
「……正直、信じられない。許すこともできない。だがな、凪沙。おまえは嘘をつく子じゃなかった。話してる最中も、嘘をついているようでもなかった。だから異世界云々は本当なんだろう」
絞り出すような声で、お父さんは続ける。
「おまえが大事だから、二度と会えないところに送り出したくはない。だが、おまえはむこうに行く手段を持っていると行ったな? 反対して強行突破されるのも困る。覚悟を決めたおまえはそれくらいやりかねんからな」
「たしかに、凪沙は頑固だからねぇ」
お母さんが苦笑いする。
「幸せになれるんだな?」
「必ず」
お父さんの問いかけに、わたしは大きく頷いた。
「……一つ、条件がある」
「はい」
「明日、真波と桐都くんが来たら、有村さんのところで全員で写真を撮る。マクレガーさんにもそう伝えてくれ。みんなで撮った写真を持って、行くんだ。いいな?」
有村写真館は近所にある写真館で、うちはわたしたち姉妹の成長の折々にそこで写真を撮っていた。最後に撮ったのはお姉ちゃんの結婚のとき。次はわたしの成人式のときに撮る予定だった。
「少し早いが、振袖を着て写真を撮るぞ。これだけは譲れない」
「お父さん……ありがとう、ございます」
わたしは両親に深々と頭を下げた。ボロボロと涙がこぼれる。
「わたし、お父さんとお母さんの子どもに生まれて、よかったです」
泣きながら二人の顔を見ると、お父さんもお母さんも泣いていた。
親の泣き顔を見るなんて初めてだった。お姉ちゃんの結婚式でも泣いてなかったのに。
自分がひどく親不孝なことをしたのがわかって、胸が痛かった。




