第91話 貴族として
「お前が気にすることではない……とは言えないか」
本来であればアシムが継ぐはずのサルバトーレ家。
貴族家から貴族家が独立する前例はアダンも知らない。
制度があるので、調べれば内容がわかるぐらいだった。
「貴族の家に男児が生まれなかった場合。婿養子を迎えるのが習わしだ」
養子はあくまでも秘密裏に行うものであって、正式に認められているものではない。
「じゃあ姉上と結婚する人が継ぐのですか?」
「そうだな。我々は男爵家だから同じ男爵家か一つ上の子爵家から次男以下を迎え入れることになる」
「姉上が選べないのですか?」
「家格に問題がなければ大丈夫だ」
「平民とは結婚できないんですか?」
「国に認められるほどの豪商ならありえるな」
「豪商?」
「優秀な平民は貴族になることがあるだろ?」
サルバトーレ家がいい例だろう。
「豪商でもなれるのですか?」
「ああ、可能性は低いがありえなくはない」
「なるほど」
「貴族に婿入りすることでそれが叶うということだ」
豪商という評価が貴族への婿入りを可能にしてくれるらしい。
「だからお前が家のことを心配しなくていいぞ?」
「はい! 家のことは心配していません」
「正直に言われるのも少し傷つくぞ?」
アダンが少しおどけたような顔で場を明るくする。
「僕が心配なのは、姉上とアイリスのことです」
「二人の生活が心配か?」
「生活は僕がどうにかするので心配ないです!」
「なら何が心配なんだ?」
「二人が好きでもない男と結婚しなければならないのは許せません」
アダンが少し黙る。
「アシム……お前は大人びていて達観していると思っていたんだがな。そこの考えはやはり子供か」
アシムはその言葉に怒りを覚えた。
「そうですね。僕はまだ子供です」
前世の知識も知っているせいで、この価値観はどうしても譲れなかった。
「別にいいさ。アシム! 選択するのはエアリスとアイリスだ、それでも受け入れられないか?」
「二人が拒否をしたら無理に結婚しなくてもいいと?」
「そうだ。まあ普通貴族は家を存続するために結婚に関しては譲れないのだが――」
少し間が空く。
「私たちはサルバトーレ家だろ?」
アダンはわかるだろと言いたげな笑みを浮かべる。
「そんな貴族で大丈夫なんですか?」
「確かに貴族としてはダメだろう。だが私は貴族として生きることに縛られる気はない」
「公爵に呼ばれたら行くのは?」
「別に反発をしたいわけじゃないからな。譲れない部分がなければ貴族としての振る舞いもするさ」
「僕にもできるでしょうか?」
アシムはアダンの深い部分に初めて触れているのを実感する。
「そうだな。守るべきものを見失わなければできるさ」
アシムにとって家族が大事なように、アダンにとっても大事で守るべきものだということだ。
アシムは書斎の扉をくぐる時に、父親の存在がいかに大きいのかを感じた。





